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1 奇怪な依頼事
場所は東京某都会、時は午後4時16分。
天気は差程良くない。白紙同等の真っ白な空、湿った空気、丁度良いとは程遠いひんやりとした風、我慢しているかと想像させるほど小量の雨―
「同じ景色でも、天気一つで別世界のような場所に変貌させてしまう」
そう心の中で呟く男が1人。空に軽く首を傾げて微笑んだ。
彼は探偵。
秘密主義者だからか故、自身の名前でさえ、誰にも教えない。どれほど聞いても、答えようとしない。
そう名前なんて大したことないと思う人がほとんどでも、彼はただ微笑むだけで、口を固く閉じる。
彼は自身の(相棒でもある)助手を待っていた。
無論、推理小説には助け人は必須で、何気ない拾い物で閃いたり、何気ない一言で真相に辿り着いたりと、探偵は彼自身よりも、助手の存在の方がよっぽど主人公だと時としてしみじみ思っている。
主人公と言えば、どの探偵も、自分なりの「クセ」や、他人にはない独特な魅力が存在してる。彼の場合においても、3つだけあった。
一つ目は服装へのごだわり。
余っ程の事がない限り、彼はスーツ以外の服を拒んでいる。汚れやシワ、濡れる所一つでも有れば心の中で焦心してしまう。現に、今の天気は実に微妙で、漫ろ雨だから、いつ濡れてもおかしくない。きっと彼は晴れることを好むだろう。
二つ目はフランス語の愛用。
とても礼儀も正しいし、口から出るのも人に愉快適悦な気持ちにさせることができるが、誰からの影響なのか、はたまた遺伝なのか、流暢なフランス語を漏らすことが多い。しかし、見た目上は外国人であることは確か。
そして三つ目は、これは彼にとって1番の魅力でありながらも、1番禁断的な魅力ー
「すみません!遅れてしまいまして」
「やっとですか」
首を回して助手の顔に振り向いては口角を上げ、全ての罪を許し受け入れる神父の如く優しく、柔らかな笑顔を見せた。
そう、今のこの優柔な微笑みこそ、彼の1番の武器。
普通の人でも充分素敵。ただ彼は突出して違う。
こう言っても信じては貰えないだろうが、彼はその微笑み一つで人を虜にさせることが出来るのだ。
大袈裟だって?でも実際彼の第一印象に悪く抱いた者は存在せず、彼とすれ違う人でさえ、それ一つですぐ振り向いて魅力的だと肝心してしまう。
これは彼の特異能力。とても『魅惑的な武器』。
ただ、それに好感を抱かない者も勿論居て、ただその人達も、本人に苛立ちや嫌味を覚えながも、その微笑はカリスマ性があると認めている。
その結果、彼の『魅惑的な武器』に対して、知っている人々は皆影で(敬意や恐怖心を添えて)こう呼んでいる―
「悪魔の微笑み」
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