聡のノートは見ないであげて

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僕には好きな人がいるのです。 彼とは幼稚園からずっと一緒です。 公立の小中学校を共に卒業し、高校も同じところへ進学しました。僕は勉強ができなかったから、彼が一ランク上の学校へ通うと知ってから必死に勉強して、どうにか滑りこむことができました。 そのせいで高校生になった今は毎日の授業についていくのが精一杯で、僕には彼のように部活動を楽しむ余裕なんてありません。まあ、もともとバイトが忙しくてそんな時間は無いのですが。 彼は運動部です。バスケ部。もてるでしょうって? 当たり前です。放課後体育館の入り口にはいつも何人かの下級生が練習を見に行っていますよ。彼がシュートを決めるとキャーキャー黄色い声をあげて、可愛いもんです。彼もまんざらではなさそうで、ギャラリーがいるとやる気が出るなんて言って笑っていました。それをよく思わない先輩との軋轢もあったようですけどね。 彼は度量が大きいんですよ。懐が深いんです。 彼の恵まれた環境や容姿をやっかむ人間にも寛容だし、誰にでも平等に接します。彼を見ていると人を嫌いになったことがあるのかと疑問に思うくらいです。 だからとても困ったことに、反対に「好きだ」と告白してきた子なんかにも、その気が無いのに、きっぱり断ることができないんです。 『入学式の日ひとめ見たときから好きでした』とある同級生に告白されたときも、もし断ったとしたら彼女のこの二年間の思いが無駄になってしまうんだなんて考えて、ついOKしてしまったのです。バスケ部の仲間にこぼしていたのをこっそり聞きました。 まったく――あきれてしまいます。そうして何人の気持ちを翻弄してきたのでしょう? 同情も時には残酷なものだと、いい加減に学習して欲しいものです。 彼はすごく責任感も強いんです。 結局ごく平凡なその彼女と卒業間際まできちっとおつき合いをしていました。まあ、『彼女がいてもいいから』と近づいてくるその他の女の子との情事は当然のようにあったことを、僕は知っているのですが。責任感は強くても、やんちゃな好奇心を抑えるのは、少し苦手みたいですね。 彼女も、もしかしたら彼の行動を知っていたのかもしれません。 僕が収集した情報によると、別れを切り出したのは彼女からでした。彼が同情でつき合ってくれていたのはわかっていたそうです。いつかは自分を好きになってくれるかもしれないと望みをつないでいたようですが、はっきり言うと世界が違います。彼が熱を上げるなんてついぞ無いことです。かわいそうですが身の程を知り、別れを切り出したのでしょう。 一年でも彼の隣にいられたのです、それで十分だったんじゃないかと僕は思います。 しかし彼との別離の苦しみはさぞ深くつらかっただろうと、それには同情を禁じえません。だって他人事ではないのです。 僕も、高校を卒業してしまったら彼とは進路が別れます。覚悟はしていました。僕の家は兄妹が多くて、経済的に恵まれているとは言えなかったからです。 彼は前々から医大に進学し、将来は医師になると公言していました。 彼の家は町医者です。僕の家からもほど近い内科の開業医で、お父さん先生は人望に厚く地域の人からも慕われています。いつか、大学病院で修行中の優秀な彼のお兄さんが病院を継ぐことが決まっていましたが、彼もまた、同じ道を志しているのでした。 そのために彼が目指しているのは、僕でも名前を知っている東京にある華やかな有名医大です。優秀で見目も良い彼には相応しい場所です。倍率も恐ろしく高いのですが、僕は彼の合格を確信していました。
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