聡のノートは見ないであげて

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半袖でいると寒いくらいの夜なのに体温が上がって脇にじわっと汗がしみだした。 「あ……やっぱり……の、見て……」 「あーうん、あのノートね。俺じゃなくて壮太。聡くん帰ってくるの待ってたら壮太が持ってきたんだよね、『お兄ちゃんこれ読んで』って」 「えっ」 まさかノートは押入れの天板を外したところに隠していたのに、幼児がどうやって取った? っていうかどうやって探し当てたんだ? 「やっぱり日記だよな。俺も小説かなんかかと思って普通に読んじゃった。途中からもしかしたらと思ったんだよなー。ごめんな、悪かったな」 鍋谷は拝むように顔の前で両手を合わせる。 やっぱり読まれてた!! しにたい!!!  地の底が抜けたみたいに足元がぐらぐらする。心中では絶叫しながら聡は必死で平気な風を装った。 「いやっ、いい。いいんだ。小説みたいなもんだから。あはは、どうだった……面白かった? なんて、湿っぽくてぜんぜん面白くないよな。あはは……」 普段は寡黙な聡なのに、目を泳がせながら饒舌にたたみかける。その尋常ではない姿に何かを察したのか、ぽりぽりと気まずそうに頬をかいて鍋谷は言う。 「いやーでもさ、カッピーはいいけど、もともと聡くんのだもん。だよな? でも、お守りはなー」 「え?」 お守り? そういえばキーホルダーについていて、ついでに持ってきてしまって返せずにいる。 思い返すとあの時の事は、魔が差したとしか思えなかった。 鍋谷に会えなくなると思いつめて、自分らしくない大胆な悪事を働いてしまった。ノートにはテンションが高いまま綴ったが後悔しないわけがない。冷静になったら怖くなって、ずっと罪悪感に苛まれていたのだ。 「あのお守りってさ、わざわざ九州の親戚に頼んで祈祷して送ってもらった特別なやつなんだ。うちの兄貴もあれで医大合格してて、験担(げんかつ)ぎしてたんだよね。無いってわかってからも結構探し回って……もしかしたら俺が落ちたのお守りが無かったせいだったかもなーなんて……」 「…………うそ」 肌寒さのせいばかりではなくスッと顔を青くして、聡は鍋谷をうかがい見た。 鍋谷は第一志望の医大を不合格になっていた。 周囲の誰も露ほども思っていなかった。まさかあの鍋谷が落ちるなんて。 本人は周りに気を遣わせないためか『油断した』と笑っていたが、ずっと鍋谷を見ていた聡にはわかってしまった。彼はひどく無理をしていた。 その辛さを思って聡はこっそり家で泣いたのだ。なぐさめてやりたい。でも幼馴染だからたまに喋るだけで特別仲の良い友達でもない自分にできることなんて何も無い。空気みたいな自分が悔しかった。 第二志望、第三志望は受かっていたがやっぱり希望の大学に入りたいと彼は浪人を決めた。ちなみに聡も専門学校を不合格になっていた。看護専門学校を志望したがあっさり落ちた。聡は油断したわけではない。単純に準備不足だ。余計なこと(=鍋谷)に気を取られ過ぎていたのだ。 そうして同級生達が次の道に進んだ今も、鍋谷は塾に通いながら、聡はバイトをしながら来年の合格を目指して地元に残っているのだった。 「そんな大事なものだったなんて……」 まさか自分が一番足を引っ張っていただなんて。そんなこと。うなだれて頭の上げられない聡の耳に、ぷっと鍋谷が吹き出す声が聞こえた。
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