聡のノートは見ないであげて

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「そんなわけないじゃん。聡くん信じやすいタイプなんだね。お守りひとつにそんな力あったら怖いって、落ちたのはぜんぶ自分のせいだよ。ただ緊張しすぎたんだ。ずっと行きたいとこだったから当日ガチガチに余計な力が入っちゃって、解ける問題もわかんなくなっちゃった。まあ、正直お守り無くなったのはちょっと気にはなってたけどな」 「ずっと行きたい……」 鍋谷がそこまで思っていたのはよく知っていたのに、自分は本当になんてことをしてしまったんだろう。 「……ごめん。ほんとにごめん……ごめんね」 ささやくように謝る聡の声は震えていた。それを聞いた鍋谷は小石を踏む音をさせながらうつむく聡のそばまで来ると、顔をのぞき込む。 「泣いてんの?」 聞こえた声はあまりに近かった。びくっとして聡は身体を引く。 「え、いや。泣いてない」 持ってきてしまったキャンパスノートで顔を隠す。すると、すっと伸びた鍋谷の手がその上から聡の前髪をくしゃりと持ち上げた。 彼の高い体温を感じる気がする。こんな距離は初めてに近い。身体がひとりでにぶるっと震える。 「もー泣くなよさとるー。冗談。もう何とも思ってないし。あんなもんあげたってぜんっぜん大丈夫だから。俺来年は絶対に実力で受かってるからさ。そうだろ? だから問題ないよ、泣くなよ聡くん、な」 力強く言う鍋谷の声に、聡は思わず顔を上げた。そんな――こんな自分を簡単に許さなくてもいいのに。聡の目の端にはやっぱり我慢できなかった涙がひっかかっている。 視線が自分に向けられたことを確認した鍋谷は、にっと顔全体で聡に笑いかけた。 聡の胸がドックンと鳴る。痛いくらいに高鳴る。 頬が熱い。確かに自分の体は彼にだけ熱を上げてる。自分でもままならない反応を感じながら聡は思った。 そうだった、自分が好きになったのは彼のこんなところなんだ。暗く口下手で思ったことをうまく表現できない自分とは正反対に、いつだって前向きではっきり意見を持っている。何があっても彼と一緒なら大丈夫だと思わせてくれる太陽のようなところ。 やっぱり僕は鍋谷君が好きだ。卒業してからだって本当は彼のことを一日も忘れたことなんて無かった。時々こっそりカピバラのカッピーを握りしめて声を殺し泣きながら寝ていたんだ。 『彼のかけらがあればいい』なんて強がったことを思っていたけど、こんなにつらいなんてわかっていなかった。カッピーがいたって気持ちを終わらせるなんて出来ない。こうして会っちゃったらやっぱり、僕は――。 黙ってしまった聡を鍋谷がちらっと見る。少し寒そうにシャツの腕をこすりながら言った。 「でね、来年絶対受かってるってこと前提で、話があって……」 ああそうだ。なぜ一緒に遊んでいた小学生のとき以来鍋谷が家に来たのか、聡は最初から疑問だったことを思い出す。鍋谷は腕を組むと、いたずらを提案する子供のようににやりと笑って言った。 「来年から俺ら、一緒に暮らさない?」 「…………」 『え?』の口になったまま、聡はぽかんと鍋谷を見る。まったく予想もしていない言葉に完全に思考停止に陥っていた。何から聞き返していいのかもわからない。そんな聡に鍋谷はふふっと笑い声をあげる。 「意味わかんないって顔してる。まあ、わかんないよな。聡くんは確か地元の専門志望だし、東京に行くつもりなんてないんだもんな」 「東京?」 東京。特急電車で一時間半。まあまあ近くてやっぱり遠い東京。聡だって行けるものなら行きたい。だって鍋谷がいる街だ。だけど家の状況を考えたら端から無理だとあきらめていた。
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