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燈夜は無事に屋敷に着いた。
もちろん、大道寺に迎えに来てもらって。
しかし、送らせない代わりの妥協案が、昴を下の名前で呼ぶ事だった。
「だから、名前で呼ぶしかないかなって……」
「なるほど。左様でございましたか」
「別に、名前で呼ぶことに抵抗がある人・・・・・・でもなかったし、いいかなぁって……でもね、呼んだのにまだ送るって言うから、大道寺に直ぐに連絡したんだ~」
「ほう。そんな戯れ言ことを……燈夜様が望むのであれば、私が始末はなしをつけますが?」
「ん?あ~……別に大丈夫だよ」
「……左様でございますか。燈夜様ならご自分でいくらでも・・・・・対処なされるでしょうからね」
「そうそう。若干僕のこと悪く言ってるように聴こえるけどね」
「そんなことは、御座いませんよ。そろそろ、御夕食になさいますか?」
「そうだね。ご飯食べて、シャワー浴びて……今日は疲れたから、寝るね」
「畏まりました。では、先ず御夕食の仕上げをするように言って参ります」
◇◇◇
本日の夕食___
海老のテリーヌ、ポタージュ、サラド・ニソワーズ、子牛のロティ、フロマージュ、リンゴのムース、カフェインレス紅茶。
「今日はフレンチなんだぁ」
「燈夜様の初登校日を記念して、シェフの最も得意な料理をと」
「そっか。後で御礼を言いに行こう」
「左様でございますか。きっと喜びます」
「冷めないうちに、いただきます」
◇◇◇
食後、シェフのもとへ燈夜は御礼を言いに行った。普通なら主として、使用人に尽くされるのは当然、と思うことも多い。
しかし、燈夜は寧ろ、主として使用人を労うことは大切だと思っている。
そんな燈夜だからこそ、使用人は生涯を誓うのだろう。
「あれ?そういえば父さんは?」
そこで、この屋敷の当主、東雲 彰良がいないことに気がついた。
「今日はいるんじゃなかったの?」
「実は、旦那様は今海外に渡っています」
「え?何でまた?……母さん?」
「お察しの通りでございます。奥様から旦那様にご連絡が合ったそうで」
「なるほどね。どうせ海外の社交パーティーとかだろうなぁ……そうなると、当分帰ってこないか」
「おそらく……」
「ま、いつものことだしいいけど~。僕には大道寺とか屋敷の皆がいるしね」
「そう言って頂けるのは、光栄の至りでございます」
「そう?じゃ、シャワー浴びて寝るね。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ」
燈夜はシャワーを浴びながら、先程の会話を思い返す。
(小さい頃から、父さんも母さんもいないことが多かったし、僕も海外生活とかで会わないことの方が多かったし……寂しくはないなぁ~
でも、大道寺とか屋敷の皆がいなくなっちゃうのはなぁ……そこだけは寂しいかも……
ま、それはいいや。もう、寝よう……)
燈夜はそのまま眠りに入る。
◇◇◇
シェフside___
燈夜様との出逢えたことが、この世に生まれ絶望していただけの存在、ワタシを、ワタシ自身が肯定できた瞬間だと思っている。
燈夜様と出逢う前のワタシは、生きながらに死んでいるような、そんな存在だったと思う。
あの日、燈夜様に出逢うまでは___
『どうしたんだい?』
『アナタには関係ない』
『でも、傷付いているよ?』
『うるさい。アナタみたいな一般人・・・がこんなところ何の用だ』
『僕は君が言っている一般人・・・ではないと思うよ?』
『何を……』
声をかけてきた人物は、ワタシが今まで生きてきた中で、規格外に美しく、可愛らしい人だった。見た目からしてこの国の人では無いことは直ぐにわかった。
始めは、たまたま此処に迷い混んだ一般人だと思っていた。
それくらい、彼からは何も・・感じなかった。
ワタシはそれなりに修羅場をくぐってきたし、経験も積んできた。大抵のヤバい奴・・・・を瞬時で判断できるくらいには。
そんなワタシでも、彼は此方の事・・・・など何も知らない無垢な存在、そのものだと思った。愛されて育てられているのだろうと。
『うーん……お兄さん、ここら辺にいる人達の仲間?でも、仲間だったら・・・・・・こんな路地の死角で怪我して座り込んでないのかな?』
『…………』
『お兄さん、嘘つくときとか隠し事したいときは、一瞬でも目を動かしちゃいけないよ?』
『!!』
本当に一瞬、動かしただけだった。
それを一般人が見抜けるわけがない。そもそも、こんなところ___この国最大の犯罪組織の本拠点に一般人が迷い込めるわけがなかった。
『アナタは、何者なんですか……』
『僕?僕はね……』
『いたぞ!!』
そこで、彼の言葉は遮られた。
その怒号は、ワタシの始末をつけるために追ってきた奴等のものだった。
ワタシはとある任務の遂行中に邪魔が入って、失敗した。
それまで、失敗などしたことなどなかったのに。
普段なら今までの功績を考慮して、謹慎や、軽い身体的苦痛おしおきで済む。だが、その任務の失敗を報告すると、待っていたのは死だった。
ワタシは別に死んでもいいと思った。
未練なんて、なかった。
なかったが、散々いいように使われて、死ぬときすらも使えない道具を処分するように殺されるのは、なんだか癪だった。
だから、逃げた。
『見つかってしまったな……ここまでか』
『お兄さん?追われてるの?』
『アナタは早く逃げた方がいい。隠れながら逃げれば、助かるかもしれない』
『うーん……それはできないなぁ』
『なっ……』
『お兄さんは、此処にいてね。あ、心配しないで?ちゃんと護るし』
『何を……!!』
彼がワタシを護ると言い残して、奴等の方へ駆けていった。その後直ぐに彼を追うように幾人もの影がワタシの前を通りすぎた。
その内の一人がワタシの前に立ち止まる。
『貴方は……確かこの間の』
声をかけてきた目の前の人を見上げると、あの任務を邪魔してきた燕尾服・・・の人物だった。
『な、ぜ……アナタがここに……』
『ああ。貴方はご自身のターゲットを知る前に、私が阻止したんでしたね。今後は取引現場をもう少し考えた方がいいと思いますよ』
『っ……ま、まさか、アナタが此処にいるということは……彼が』
『察しが良い人間は嫌いではありませんよ。ああ、終わったようですね』
その人物は、ワタシにそう告げて彼の駆けていった方へ向かっていった。そこには、無傷の彼と、何人かの人物が目に入った。そして、彼らの足下には奴等の変わり果てた姿。
彼は周りの人物に声をかけてから、先程の燕尾服の人物と一緒にこちらに向かってきた。
『お兄さん、追って来てた人達全員いなくなったよ~』
『あ、あ』
『それと、本拠点ここは潰させてもらったから』
『アナタは……一体……』
『僕?僕は今は・・他の組織で勉強中の身なんだぁ。あ、彼は僕の執事で、今回の実地試験のために呼んだの。知り合いだったんだね?』
『ええ、まあ。知り合い、というよりは私がこちらに来てすぐ邪魔した取引の現場に居た方です』
『そうなんだ?』
『アナタは、此処で裏社会の勉強中だということですか』
『そう。ところで、お兄さんは任務を失敗したんだって?だからこんなことになってるんだね』
『自分の死に場所くらい、自分で自由にしたかった』
『……そっか。ねぇ大道寺……』
『はぁ。また・・ですか』
『いいでしょ?』
『御随意に』
『ありがとう。お兄さん、行くところがないなら、死に場所なんかじゃなくて、生きていく場所を提供してあげる』
『それは……どういう……』
『ふふ。それは』
その日、初めてワタシは今まで生きてきて良かったと思えた。道具ワタシなんかを拾って下さった、死に場所でなく、生きていく場所を下さった御方。
『僕がお兄さんの生きる意味ばしょになるから』
そんな彼___燈夜様は道具ワタシを人間ワタシにしてくれた唯一の御方。
「シェフ!今日のフレンチもとっても美味しかったよ。いつもありがとう!おやすみなさい」
「お褒めに与り恐縮です。はい、おやすみなさいませ、良い夢を燈夜様」
ワタシは燈夜様と出逢い、この世に希望を見いだした。そして人として生きていく場所を得た。
(ワタシは燈夜様と出逢え、自身の存在を肯定できた)
あの日から、世界が変わった。
(そして、ワタシに生きる意味をくれた)
この屋敷の他の者もそんな存在ばかりだ。
だからこそ、ワタシは、ワタシ達は___
燈夜様のために生きると誓う___
あの御方が必要ないという、その日まで。
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