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そして私はその本の感想を伝えるために樹を部屋に呼んだ。
本の内容は何一つおねだりをしたことのない少女がとある男のプレゼントによって輝きだす話だった。
私はイヤミスの女王と言われる作家であるその人の書く文章のギャップとその文章の繊細さに心を惹かれて樹にその感想を話したかっただけなのだ。
特に深い意味はなかった。ただゆっくりと話すには私の部屋がちょうどいいと思っただけのことだった。
ただ、樹の様子は違っていた。
どことなくギクシャクしている樹を見ているとなんだか私も緊張してしまった。
そうしているうちに私たちは「最近どう?」なんて当たり障りのない会話しかできなくなっていた。
この気まずさは一体なんなんだろう。
私たちの今ままで通りは私の部屋という空間によって今まで通りにならなくなってしまっている。
そうしているうちに目線が樹からもらった本に目が行く。
その瞬間、自然と今まで伝えたかったことが自然と言葉に出てきたのだ。
「樹、ありがとうね。」
そう呟くと樹はびくっと肩を震わせた。
「私、樹のおかげでいろんな世界を知ることができたよ。これからも一緒にいれたらいいな。」
そこまで言うと樹の顔が見る見るうちに赤くなっていくのがわかってしまった。
その様子をみて私はいま、結構恥ずかしいことを言っていることに気がつく。
静寂の中で樹の鼓動が聞こえるような気がした。
どきどきと心臓が体を強くたたくような感覚が共有する。
その時、鈍感な私もさすがに気づいたのだ。この心臓のどきどきは今まで積み重ねた関係が飛躍しようとするためのエネルギーなんだと。
「恋が実る。」
というのは誰がいったん言い出したんだろう。
彼が小さく蒔いた隣に座ったという種が。
グループディスカッションを通じて芽を出して。
知りたいという気持ちが葉を広げて。憧れという光を浴びてすくすくと育ち。安心という根っこを出して私の側から離れなくなってしまった。
こうしてできた樹という存在と結ばれることで実る果実こそが恋なんだと。
今、まさに自覚すらしてなかった恋の果実が実ろうとしているんだ。
そう思うと私は泣きそうになる
はちきれそうになった緊張から樹が発した言葉はこうだった。
「もっともっと華蓮の知らない世界を教えてあげるよ。だから華蓮。僕と付き合ってくれ。」
「……はい。これからもよろしくお願いします。」
今この瞬間私は不自由になってしまったのかもしれない。
今まで無駄だと切り捨てていた自由を捨てて、樹というつながりを心から求めてしまっている。
私の部屋には本がある。
樹が買ってくれたものも。私自身が買ったものも含めて
彼によって私の人生は複雑でややこしいものになってしまった。
だけどそれ以上に素敵になったものだと思う。
自由という荒野の中で咲いた恋という果実はサファイアのようにきらきらと輝いていた。
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