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「あいつ、どこへ行ったんだ!」  ドカドカと複数の足跡がして、俺は口を押さえながら体を丸めて身を小さくした。  なぜ、こんなことになってしまったのかと、後悔と恐怖と焦りで体を震えるのを、手を強く握って耐えていた。  おいしい話には裏がある。そんなこと分かりきっていたはずなのに、まんまと引っかかってしまった。  元同僚、山崎に連れてこられたのは、歓楽街から少し離れたところにある真っ黒なビルだった。どこが入口か出口かも分からない黒い箱で、山崎がインターフォンらしいものを鳴らすと黒い壁に線が入って音もなくゆっくりと横に開いた。  中は廊下が真っ直ぐ伸びていて、両端は部屋のようだが、ただの壁にしか見えない。  その廊下を進むと従業員通路だという場所に入った。  その辺りから、黒服の男達が何人か立っていた。何やら物々しい雰囲気に、俺はやっとここに来たことは間違いだったのではと思い始めた。 「おい…大丈夫かよ。ここ本当に……」 「大丈夫大丈夫、言われた通りにすればいいから、あっ!滝澤タキザワさん。連れてきました」  山崎が声をかけると、廊下の奥に背を向けていた男がこちらを振り返った。  背が高くえらくガタイのいい男で、振り返った顔は鋭い目と頬に入った傷痕が印象的なかなり強面だった。とてもカタギの人には思えない。明らかにソッチの世界の人にしか見えなかった。 「いいだろう。連れていけ」  強面の滝澤さんという人は俺を一瞥した後、顎を動かした。 「えっ…ちょっ……」  黒服の男達に両腕を捉えられた俺は、視界の端で笑顔で手を振る山崎の姿を見て、これは本当にヤバい事態になったと思ったが時は遅かった。  逃げ道を探しながらも何もできず、両端をガッチリ固められて、奥にあるエレベーターに乗せられた。 「……あの、俺……これから……どこへ?」  黒服のお兄さん達は何も答えてくれなかった。しかし、エレベーターが止まりそこで見た光景で、俺は本当にヤバい世界に足を踏み入れてしまったことを知った。 「あっ…あ…あ…、だめぇ……イっちゃう!」  ドアが開いて聞いた第一声に、俺の体は固まった。  薄暗い大きな部屋の中は、カーテンで仕切られていて、そこに明らかに絡み合う妖しい影が見える。 「ほら、みんなに聞かせてあげなさい。もっといい声で鳴くんだ」 「ああぁーーだめぇーーいやぁんああああ!」  聞こえてくる矯声は明らかに女のものではなかった。  見渡せばそこだけではなく、あちらこちらでうごめく影が見える。複数の喘ぎ声と、なにかがぶつかり合うような音が響いている。 「……………あの、俺、ちょっと間違えちゃったみたいで」  足を突っ張ってエレベーターから絶対に出ないと決めたのだが、両端の男達は急に力を込めて掴んできて、俺は軽々と持ち上げられてしまった。 「ばっ…ちょっと!離せ!離せって!誤解なんだよ!助けてくれ!!」  右の男が叫び出した俺にヤバいと思ったのか、口の中にタオルを突っ込んできた。  そのまま口を押さえられて、妖しげな空間を抜けて奥の部屋まで連れてこられた。 「んんんーーー!!」  後ろ手に縛られた俺は倉庫みたいな雑然と段ボールが置かれている部屋に投げ入れられた。 「大人しくしていろ!なんで叫んだりするんだ」 「おい、こいつ話と違うんじゃないか……どうする俺たちが責められたら……」  黒服の男達、右と左は何やらもめだした。責任がどうとか、このままだとまずいとかそんな話をしている。 「仕方ない…。どうせ尻軽なやつなんだろ。薬を入れておけばやる気になるだろ」 「角龍さんに知られたらまずいぞ…店では使用禁止だって」 「今日は来ないだろう。その方が客も喜ぶし問題ない」  男の右か左のどっちかが俺の後ろに回り込んで力で押さえつけてきた。 「んんーーーんんーーーんっ…んぐぐっんんんんん!!!」  もう一人のやつが手早くズボンを緩ませて、中に手を潜り込ませてきた。それだけでも絶叫ものなのに、なんとケツの穴に何かを押し込んできたのだ。  ヌルついた座薬みたいなもので変な違和感を後ろに感じて、俺は足をバタつかせて汗だくになって暴れた。 「くそ!暴れやがって、蹴られたぜ…。効くまでどのくらいだ?」 「30分はかかるぞ。とりあえずここに閉じ込めておいて、後で様子を見に来よう。上手く効いてたらそのまま店に出せばいい」  男達がバタンと音を立ててドアから出ていった。俺は放心状態だったが、なんとか体を起こした。先ほど暴れたおかげで、後ろを縛っているヒモが緩んだので、くねらせて抜き取ることに成功した。  口に巻かれたタオルを取ったらやっとまともに空気を吸えるようになった。 「くそっ…山崎のやつ……、さっきはなんか入れられたし…最悪だ…フザけんなよ」  暴れたときに腹を殴られたので、今になって痛みが増してきたが、このままここにいたら確実にひどい目に合うことになる。腹を押さえながら立ち上がってドアの近くまできた。そっと耳を当てて外の様子を探ってみたが静かで音は聞こえなかった。  ここへ入れられた時も、誰も立っていなかったし、途中で非常階段があるのをチェックしていた。恐る恐るドアを開いてみたが、人の気配はなかった。廊下を進んで非常階段のドアを音を立てないようにゆっくりと開けた。  外の空気が流れ込んでくると現実を感じて生き返ったような気持ちになった。さっきいた部屋のほうで、おいいないぞ!という声が聞こえてバレてしまったのに気づいて慌てて階段を降り始めた。  こっちだという声が後ろから迫ってくる。必死に階段を下りた俺は人通りの多い歓楽街の方へと走った。捕まったら最後だ。どうやら話を聞いてくれるような連中ではないらしい。  必死で走ったが腹を押さえながら走り続けるには限界がある。ビルの間の細い路地に入って、積み上げられていたゴミの後ろに身を隠した。  バタバタという複数の足音が聞こえる。間違いなく連中の足音だ。俺みたいな金もないただのもやしみたいな男をなぜそんなに必死になって探す必要があるのか分からない。  早く諦めてくれないかと、膝を抱えながら息を殺してうずくまった。
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