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⑦
ここにはあまり帰ってこないと言っていた瑛士は、それから毎日のように帰ってくるようになった。
なぜだかは分からないし、向こうも言わないから聞かなかった。
そして食事をした後は毎回俺を求めてくる。
たっぷり時間をかけて焦らした後、朝まで何度も求められる日もあれば、帰れないときは仕事の合間なのかふらりと立ち寄って、前戯のぜの字もなく、いきなり玄関でめちゃくちゃに突っ込んできて、荒々しく中に出されて、そのまま行ってしまうこともあった。
何をされても、何を言われても、俺は気持ちがよくてたまらなかった。
家に一人でいるときは、瑛士のことを考えてしまう。こんな性欲の虜みたいな人間になるとは思えなかった。
瑛士の目を見たら欲しくて欲しくてたまらなくなってしまう。ヨダレまで出るようになって本当にイカれたと思い始めた。
「雅貴、いつから君は玉ノ井のことを綾子って呼んでいるんだよ」
食後のデザートにだした自家製プリンを食べながら、思い出したように瑛士が聞いてきた。
「え……、最初からだけど……」
俺の答えに瑛士はムッとした顔をした。しばらく一緒に生活するうちに、瑛士の些細な変化にも敏感に気がつくようになった。
俺のことなんてとっくに調べあげて、適当に仕事して女の子の家を転々とするヒモ生活を送っていたことなど知っているはずだ。
「………大好きだと言ったらしいな。今日玉ノ井が自慢してきたぞ……」
「それはっ……綺麗な女の子はみんな大好きって話で……、あっもちろん綾子さんにはお世話になってるから、他の子達よりは好きだけど……」
「ほぉー……、一番世話になっている俺を差し置いてね……」
調子よく答えていたら、瑛士の目が鋭くなっていることに気がついた。微妙な空気を感じて俺は逃げるようにシンクの前に移動した。
「おっ…俺が女たらしだったことは知ってるだろ。おっぱいに包まれて眠るのが俺の幸せだったの。綺麗な女の人褒めるくらいいいだろ」
「よくない!俺のことは名前で呼ばないくせに…、褒めるなら俺のことを褒めろ!雅貴の飼い主は俺だよ」
瑛士は傲慢な支配者の顔をして、時々幼い独占欲みたいなものを見せてくる。そんな時、彼は年下なんだということをふと感じてしまう。
綾子さんの話によると、大学の在学中にITブームに乗って、パソコン一台で一人で会社を立ち上げて、今かなりの数の従業員がいる大きな会社になったらしい。
ソフトウェアの開発や管理をやっているらしいが、表の仕事だけで今の生活は維持できるほど稼いでいるのだ。
俺からしたら雲の上にいるような男なのに、なぜか向けられる独占欲は、心地よくて勘違いしてしまいそうになる。
ここまで考えて俺はおかしくなった。勘違いとはなんだろうと。俺は何を勘違いしたのだろうか…。
「あっ…なっ…バカ、いきなり……!」
シンクに向かって背を向けて立っていた俺のズボンを強引に引き下ろした瑛士は、いつの間に大きくしていたのか、自分の硬くなった欲望を俺の後ろに突っ込んできた。
「おっ…俺が出したやつが泡立って出てきたよ。さっきヤリまくったからまだ緩いね。簡単に飲み込んだよ」
今日は玄関を開けるなり、バスルームに連れ込まれて何度もイカされて、最後に突っ込まれた。あれだけ出しておいてまだヤる気があるのかと、若さを通り越してもう怪物にしか見えない。
「ほら、淫乱な雅貴の穴はきゅうきゅう締まって喜んでるよ。そんなに俺が欲しかったの?さっきも咥えていたくせに…」
「はぁ…あ…あぁ……んっっあっっ……」
すでにほぐれているから瑛士の抽挿は容赦ない。パンパンと激しい音を鳴らしながら、めちゃくちゃに腰を打ち付けてくる。
それが気が狂いそうになるほど気持ちいい。
「ほら、俺の名前を呼んでよ…。いっぱい出してあげるから。俺のコレが好きなんだろ」
「あああぁ…、好きぃ…大好き……え…いじ…、いっぱい突いて…あっあっ…瑛士の大きいの…好きだよぉ…」
好きだと口にしたら止まらなかった。何度も言わされて、めちゃくちゃに擦られて中に出された。
瑛士が与えてくれる熱は女の子の温かさとは比べ物にならない、熱くて火傷しそうな熱だ。
だけど、俺はそれが欲しかった。
もう、それしか欲しくなかった……。
「え?出掛けるの?」
「そうだ、服は買ってきたからそれを着て。食事は外で食べる」
ずっと軟禁生活だったのに、帰宅した瑛士は急に出掛けると言い出した。
もう、どれくらいぶりか分からない外の空気が懐かしくて、俺は渡された服を喜んで着た。
白シャツに薄手の黒ジャケット、パンツは微かに光沢のある紫色だった。
普段絶対選ばないようなものだったが、鏡の前で合わせてみると自分の雰囲気とよく合っていた。
「さすが俺の見立てだ。よく似合っている。雅貴の薄茶の髪にぴったりだな」
着替えた俺を見て、瑛士は満足そうに微笑んだ。てっきり綾子さんが選んだのかと思ったが、瑛士の見立てだと知って驚いた。
薄茶の髪は生まれつきで、ふわふわとした猫っ毛だ。ここに来る前から散髪に行っていなかったので、ずいぶんと伸びてしまって肩までつきそうになっていた。
「……髪切りたい」
「だめだ、俺はヤるときにその髪を掴んで引っ張るのが好きなんだ」
「なんだそりゃ……」
傲慢な理由で俺の希望は却下されてしまった。そんなことでも喜んでしまう自分がおかしくて、俺はクスクスと笑ってしまったのだった。
瑛士の運転で連れてこられたのは、有名なホテルの最上階でのディナーだった。すでに行きつけなのか、店に入るなりなにも言わずに奥の個室に案内された。
個室は一面大きなガラス窓になっていて、眼下に広がる美しい夜景に、俺は窓にへばりついて感嘆のため息をもらした。
「夜景なんて、俺の家からでも見えるだろう」
「それぞれ違うんだよ。特にここはすごく高いし……、俺、高いところから景色を見るのが好きなんだ」
瑛士が後ろで、バカとなんとかは高いところがとか言っていたが俺は無視して外を眺めた。
高いところから眺める景色が好きだ。たくさんのビル、小さな家々にたくさんの人達の暮らしがある。
そのどこかに自分の居場所があって、待っていてくれる人がいるかもしれない。
そう思うと少しだけ温かい気持ちになって、優しい夢が見れるのだ。
あの明かりのひとつが、自分の希望に見えて愛しく思えてずっと眺めていたかった。
最高級のディナーは最高だった。
普段食べれない食材を、最高の調理で食べられるのだ。
それぞれ少しずつしか食べられないのが惜しいくらいで、持って帰りたいという俺を見て、瑛士は目を細めて笑っていた。
不思議な関係の二人のくせに、なんだかずっと求めていたような空気を感じてしまって、俺は慌てて少し開いていた心の扉を閉じた。
もう、傷つきたくない。
あの時そう、決意したのだから。
帰りにどこかに寄ると言って、瑛士は家とは違う方向に車を走らせた。
やがて見えてきた、きらびやかな景色に俺は目を輝かせた。
まさかと思ったが、瑛士はその駐車場に車を止めてしまった。
「嘘……?ここ?なんでこんなところに?」
色とりどりにライトアップされて、楽しげな音楽が鳴っているそこは夜の遊園地だった。
「いつだったか、雅貴が寝言で遊園地に行きたいって連呼していたからさ、ずっと家の中だから気分転換にいいだろう」
まさか、そんなことを言っていたのかとびっくりだった。確かにあの頃の夢を見ることはよくある。行きたくてたまらなかったあの歳ではないが、久しぶりに感じる夢の世界の空気は思いのほか嬉しかった。
しかし、カップルのデートスポットを男二人で歩くというのもどうかと思ったが、それは夢の世界マジックで、中に入ってしまえば気にならなかった。
「瑛士、あの船のやつ、もう一回乗ろうぜ!」
「いや…もういい。なんだあれは……船の動きじゃないだろ」
子供のようにはしゃいで絶叫系に乗りまくったが、俺は船が前後に回転しそうなくらい揺れる乗り物が気に入ってまた乗りたかった。
しかし、瑛士は不自然な動きだと気に入らなかったらしく、拒否されてしまった。
俺に付き合ったにしては、意外と楽しそうにしている瑛士を見て、もしかしたら初めて来たのではないかと思った。
まもなく閉園の音楽が鳴り出して、俺が最後に選んだのは観覧車だった。
当たり前のように二人で乗り込んだのだ不思議だった。観覧車の中はあの頃一人で乗ったときよりずっと狭く感じた。
「瑛士さ、もしかして、遊園地初めてだったりする?」
「……………どうして、そう思うんだよ」
「んー、なんとなく。きょろきょろしてただろう。俺も初めて来たとき、そんな感じだったから」
薄暗い明かりの中では、いつもの瑛士の鋭い視線は感じられなかった。座席に座っている姿は年相応の青年のように見えて、俺の胸はきゅっと縮んで揺れた。
「初めてって…いつだよ。誰と来たんだ?」
「小学生のときだよ。両親にしつこくお願いしてさ。連れてきてもらったんだ」
「小学生のきょろきょろはしていないけど、確かに初めてだね。玉ノ井から少し聞いているだろう。俺の親父は極龍会と呼ばれる黒い組織の頭だからね。当時は抗争も多かったし、こういう人の多い場所は特に注意が必要だから立ち寄ることもなかった……興味はあったけどね」
やはり瑛士はソッチの世界の人間なんだと思い知らされた。それでも、瑛士との距離は変わることがなかった。手を伸ばせば届きそうな距離にいて、なぜだかホッとしたのだった。
「あの店の管理を任されているが、俺も正直そろそろ手を引きたいと思っている。俺は親父が外で作った子供だから、跡目を継ぐこともない。本家には優秀な跡取りがいるからね。俺は親父によく似ているらしくて、親父は俺の能力を昔から買っていてどうにか引き入れようとしてくる。まぁ、雅貴のことは俺の転機かもしれない」
「……どういうこと?」
暗がりの中で瑛士は微笑んでいた。そのあどけない顔に深い闇を見てしまったようで、俺の目は釘付けになってしまった。
「雅貴…おいで」
呼ばれて吸い寄せられるように俺は瑛士の隣に座った。顎に手を当てられて、優しく唇が触れあうようなキスをされた。
いつも獣のようなキスをして食らいつくしてくるくせに、軽い音を立てて離れていった瑛士を見て、俺の心臓はドクドクと煩く鳴って激しく揺れていた。
まるで恋人同士のようなキスだった。
欲望でぶつかり合うような単純なものではない。複雑な気持ちが込められているようなキスだ。こんなキスをされたら勘違いしてしまう。
俺がする勘違い、それは……。
お互い無言で見つめ合っていたら、あっという間に下まで来てしまった。
景色を楽しむ余裕なんてない。俺は瑛士しか見ていなかった。
恥ずかしくなって下を向いて観覧車を降りた。
深呼吸をして冷静な気持ちを取り戻して、振り向くと瑛士の姿がなかった。
周りを見渡したが、それらしい姿はない。
閉園の音楽が鳴り響く中、皆帰るために出口へとのんびりと歩いていた。
置いていかれてしまった。
頭に思い浮かんだのはそれだった。
チャンスじゃないか、今は一人だ。このまま逃げてしまえば、あんな世界とは関わらなくてすむのだ。そう、あんな男とも………。
しかし、俺の足は動かなかった。
目の前に子供の俺が立っている。
ほら、だめでしょう。
心を許すなって、信じるなって言ったのに。
お前が望んだから、だから捨てられたんだよ。
小さい俺の後ろに、一時期一緒に暮らした叔父が立っていた。
何度でも捨てられるよ。
お前の居場所なんてない。
このお荷物が。
お前なんて…お前なんて……
俺は頭を抱えて座り込んだ。
過ぎ去ったはずの幻影がぐるぐると頭を回っていく。
もがいてもがいて消したはずなのに、簡単に頭の中に戻ってきてしまう。
苦しくてたまらなかった。
「雅貴!」
幻影をかき消すように、瑛士の姿がまた目の前に現れた。
「どうした?なんで泣いて……」
俺は瑛士の胸に飛び込んだ。それが自分の作り出した幻影かもしれなくて、温かさを感じて確かめたかった。
瑛士は戸惑った様子だったが、優しく抱き締めてくれた。
「どこに行ってたんだよ……ばか」
「ばかって……。すぐそこだよ。ゴミを捨ててくるって言っただろう」
観覧車を降りた俺は恥ずかしくて混乱していて、瑛士の声が聞こえていなかった。ただのバカみたいな勘違いだった。
「瑛士…瑛士、置いていかないで。僕はもう…一人になりたくないよ」
混乱していた俺は子供みたいなことを言ってしまった。
そんなぶっ壊れたおかしな俺を、瑛士は答えてくれたかのようにしっかりと強く抱き締めてくれた。
いつの間にか俺の頭を渦巻いていた幻影達は消えてなくなった。
今俺を包んでくれる温もりだけが、俺の希望になっていた。
もう、心は完全に瑛士のものだった。
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