靴底を炙るための紙切れ

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 玄関まで足を運び、靴を履こうとしてふと気が付く。  ……靴の尖端部分が剥げている。 『身嗜みには気を配りなさい』  僕は母にそう教えられ、育った。  となると、靴を新品に取り換えなければならない。確か少し前に、予め新しい靴を買っておいたはずだ。  僕は新しい靴を下駄箱から取り出す。  新しい靴を履こうとして、ふと思い出す。 『昼間に新しい靴を下ろしてはいけない。どうしても下ろす必要がある時は、靴底を火で炙ってから下ろしなさい』  僕は母にそう教わり、育った。  夜間に履きなれない靴で出歩くのは危ない、とか、そういう戒めとしての先人の教えだったと記憶しているが、何故夜間だけではなく昼間も駄目なのかは定かではなく、火で炙ると新品では無いとみなされるため許される、と聞いたこともある。  でも実際の迷信の成り立ちや意味なんかはどうでもよく、母の教えを忠実に守ることこそが重要なのだ。  であれば、僕は靴底を火で炙らなければならない。  ……ライターが必要だ。  ガスコンロでも代用は出来るのだろうが、僕の家は電気コンロなので火が出ない。  僕は煙草を吸わないので手元にライターがあるわけではないのだが、確か家のどこかにライターが置いてあったはず。洗面所の棚の中だったかもしれない。  僕は洗面所を探すことにした。
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