おっさん、学校へ行く

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おっさん、学校へ行く

 * * *  しばらくパニックになりながら、ほっぺをつねってみたり、またお弁当箱を交換してみたり、互いの手を合わせてみたり、なんとか元に戻らないかと足掻いてみた。が、何も変わらなかった。  訳もわからずそんなことをしているうちに、娘の学校のチャイムが鳴ってしまった。 「と、とりあえずお父さんは学校に行くわ! お前は会社に行ってくれ」 「え、ちょ、ちょっと!」    咄嗟の出来事に、それがベストな対応なのかどうかも判断できないまま、取り急ぎ私は午後娘のふりをして過ごそうと思い、学校に向かって走った。 (……とは言ったものの……どうしようかな)  かろうじて娘のクラスは覚えていたので、クラスの下駄箱には辿り着けた。幸い欠席者もいなかったようで、ずらりと革靴が並ぶ中、上履きが入っているのは、出席番号六番の一つだけだった。苗字の順番からしても出席番号はこの辺りだろうし、たぶん娘の上履きだろう。  上履きに履き替え、教室を探す。先程のチャイムは予鈴だったようで、昼休みのうちにギリギリ教室に入ることができた。 (しかし、私は娘の出席番号すらも知らないんだな。普段もっとコミュニケーションをとっている家庭は、それくらい把握しているんだろうか……)  と、そう思うと少し虚しく、情けなくなる。  娘の席も知らなかったが、欠席者がいないということは最後に空いた一席が娘の席だろうと考え、皆が座るのを待ってドアのそばに立っていると、「どうしたの、早く戻ろうよ」と引っ張られ、窓際の席に座らされた。どうやら、娘の後ろの席の子だったらしい。  年頃の娘さんに手を引かれるなど、長年なかったので、なんだか悪いことをしているような気分になった。 「余裕そうだね、完璧なの?」  後ろの席の娘の友達が、何か薄い冊子を開きながら私に向かって言った。 「ん? 何が?」 「何って、小テストだよ。漢字の。昼休みも突然飛び出しちゃうし、満点の自信ありですか? それとも忘れてた?」  娘の友達がいたずらっぽく笑う。血の気が引くのが自分でもわかった。どうやら、波乱が待ち受けているようだ。
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