6人が本棚に入れています
本棚に追加
ワケ
同窓会があった日から僕は島島島子のことを忘れなかった。やっと見つけた、靄のかかった記憶の正体、僕の孤島のプリンセス。今さらどうなりたいわけじゃあないが初恋の女性に会えたのだ。緊張しながら交換した連絡先にメッセージを送ると、あっさりと食事をすることが決まった。それが今日だ。
にぎわう街の人々が疎ましくない。こんな日は久しぶりだ。普段より清潔感のある装いを心がけたが大丈夫だろうか。橋まで送り届けたあの日とは大違いの晴天に、気持ちがいいからと駅近くのカフェテラスで落ち合うこととなった。
「待たせてごめんなさい」
時間から十分過ぎて彼女は現れた。パンツにカットソーといったカジュアルスタイルだったがやはり美しい。三人掛けのテラス席、彼女は自分の隣の椅子も引く。バッグを置くのかなと思いきやそうではない。位置が気に入らなかったのだろうか。
「先にコーヒーだけもらったけど。何か飲む?」
手を上げて店員を呼び、彼女はコーヒーとオレンジジュースを注文した。二つも、と不思議に思ったが彼女が説明しないので触れないことにする。
「本当にごめんなさいね、子どもがぐずってしまって」
「え、子ども?」
「あれ、同窓会で話したよね」
彼女は乱れた髪をかき上げる。
「透島島子改め、見栄島子です」
最初のコメントを投稿しよう!