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アパートの玄関を開けると母さんが来ていた。
「あ、栄太郎、久しぶり」
「あ、母さん、久しぶり」
言ってから俺は二度見する。
「か、母さん?! 死んだんじゃなかったっけ?」
驚く俺に母さんは少し照れたように言う。
「えへ。母さん、思い残しちゃったみたい」
はあ? 思い残した? 何だよそれ。
そう思いながら、俺はまじまじと母さんを見る。
うん、普通に母さんだ。別に怖いとかはないし、変なところも……いや、変なところはある。なぜアロハシャツなんだ?
「ああ、これ? なんか、あの世からこの世に来るのってヴァカンスらしいのよ。閻魔大王のセンス」
うわ、幽霊にアロハ着せるとか、何だよそのセンス。でもまあ、女性にしては体格のいい母さんには似合っていなくもない。
「あら、アロハって素敵なのよ。ハイビスカスは現地ではフォーマルにも使える柄なんだから」
あ、そうなの?
「女性用のムームーっていうドレスタイプの物もあったんだけどねえ。母さん全然似合わなくって、こっちにしてもらったのよ。素敵でしょ」
何にしろ、母さんはアロハシャツが気に入っているみたいだ。
母さんは花びらのたくさんついた首飾りもつけている。しかもやたらと長くて、ふとももくらいまである。
「あ、これ? レイって言うのよね。閻魔大王が言うには、思い残したことが多い人ほどレイが長いんですって」
はあ?! じゃあ、母さん、めっちゃ思い残してるじゃん!?
母さんは定年退職を半年後に控えた先月、職場で脳梗塞で倒れてそのまま死んだ。
そりゃあ、思い残したこともあるだろう。今まで仕事ばかりだったから、定年後に遊ぼうとか旅行に行こうとか、いろいろ考えてたはずだから。
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