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「ちょっと栄太郎、もう一回外に出て家に帰ってきてくれない? 『ただいま』って大きな声で言うのよ」
そう言った母さんは、俺に仕事のカバンを無理やり持たせてドアの外に追い出すと、バタンとドアを閉めた。
全く、何で自分の部屋から追い出されなければならないんだよ……
でもまあ、これで母さんの思い残したことがなくなるなら協力してやってもいいか。
俺は再び家のドアを開けて、「ただいま」と大きな声で言う。
演技中の母さんはわざとらしく奥の部屋から出てきて、
「お帰り栄太郎。うがい手洗いしなさいよ。おやつ食べる?」
と、子どもに言うみたいなことを言った。
すると母さんのまわりに花びらがふわりと数枚散って消え、レイが少しだけ短くなった。
「うわ、母さんやったじゃん」
「えへ、母さんやってみたかったのよねえ、子どもを家で迎えるの」
母さんは腰に手を当てて胸を張る。
母さんはずっと仕事をしていたから、いつも家に帰るのは俺が先で、『おかえり』と迎えるのは俺の方だった。
まあ、子どもの頃はばあちゃんが家にいたし、母さんがいないのは当たり前のことだったから、少しも寂しいなんて思っていなかったけれど。
それにしても……
「そんなんでよかったの? 思い残したこと」
「うん、そうみたいね。私の思い残したことは大したことないのかも」
早速、レイが短くなったのを見て、俺も母さんも少しだけ気分が軽くなった。
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