思い残したお母さん

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「それにしても栄太郎、あんたわりときれいにしてるのねえ」  部屋をぐるり見回した母さんが言う。 俺は高校を卒業してから家を出たから、もう一人暮らし歴は十二、三年になる。慣れたものだ。  そう言うと母さんは頷く。 「そうよねえ、もうあんた、三十だもんねえ。そろそろ結婚とかどうなのよ。いい人いないの?」  もう、すぐ母さんはその話題にもっていくんだから。 「まあ、そのうちね。それより母さん、思い残したこと、他に思い出せないの?」 「まあまあ、今は息子の家でのんびりしてるんだから、焦らずちょっと待ちなさいよ」  母さんはソファーにもたれて天井を仰ぐ。 「いいわねえ、息子の部屋って。母さん、一度、あんたの部屋に遊びに来てみたかったのよねえ」  そうしたらまた花びらが数枚散って、レイが少しだけ短くなった。 「やったじゃん母さん、何か思い出したの? 思い残したこと」 「あら、ほんとね。息子の部屋に来るのが心残りだったんだわ。栄太郎と一緒にいたら全部思い出せそうな気がするなあ」  母さんはまだ腰の辺りまであるレイを触っている。  そう言えば、母さんと二人でこんなにゆっくり過ごすのは久しぶりだ。いや、初めてかもしれない。  俺が中ニの時に父さんが亡くなって、ばあちゃんもそれを追うように亡くなってからずっと、俺と母さんは二人だった。  でも、母さんはやっぱり仕事が忙しかったし、俺は友だちと遊ぶ方が楽しい時期だったから、こんなふうに家に二人でいることなんてなかった。  こんな日があってもいいかな。  その夜は母さんにベッドを譲って、俺はソファーで寝た。  まあ、幽霊にベッドが必要なのかどうかはわからなかったけれど。
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