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小次郎は拝まれる心当たりがなかった。おばちゃんは申し訳なさそうな笑みを浮かべて顔を上げた。
「武蔵の母です」
「武蔵のお母さん!」
小次郎は驚いた。そういえば顔立ちがどことなく武蔵に似ている、小次郎はあらためて武蔵の母の顔をまじまじと見つめた。武蔵の母はまじまじ見つめて来る小次郎を見て、「ああ、ひょっとして」と小次郎に問いかけた。
「あ、ひょっとしてあなたが小次郎ちゃん? いや~、息子からよう聞いてるわ~」
初めて会ったのに昔から知っていたようだ、とお互いに思いながら小次郎と武蔵の母は握手を交わした。小次郎の激高でギスギスしていた雰囲気が少し和んだ。しかし武蔵は母親の茶々入れが気に食わなかったのか、不貞腐れた様子でブツクサ言った。
「ちょー、もう、なんだよ、お母さん」
武蔵の呟きに、武蔵の母は武蔵の方へ振り返った。
「『なんだよ』じゃないがな! 忘れ物を持って来てあげたんやがな!」
「わー! しー!」
武蔵は慌てて母が何か言おうとするのを制した。
「ちょ、ちょっと武蔵」
小次郎は武蔵の慌てっぷりが気になった。
「え? なに?」
「なに? 忘れ物って?」
「いや、べつに……」
まっすぐに見つめてくる小次郎から、武蔵は目を逸らした。
「『べつに』って。カ・タ・ナ。あんた『刀』忘れてたやんか」
武蔵の母はあっけらかんと答えた。武蔵は「ほらでた」と吐き捨てるように言った。いつものパターン、能天気な母がポロっと暴露することを武蔵は薄々予見していた。
「え? ちょっと待って。え? 武蔵、お前、刀も持たずにここに来たのか?」
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