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「もういいって!」
武蔵は振り返り、人差し指を一本立て自分の口にあて、武蔵の母に黙るようにジェスチャーした。
「てへ!」
武蔵の母はテヘペロした。そんな母親に「まったく」と腹を立てながら振り返った武蔵は、
「ごめん! 小次郎君、もう一回初めから」
と、小次郎に向けてテヘペロした。この親にしてこの子ありだな、と小次郎はムカつきっぱなしだった。
「なんで、もう一回……、わははは! 遅かったな武蔵! 臆したか!」
小次郎はキチンと最初からやり直してあげた。小次郎は人間が出来ていた。
小次郎は背中の長刀を抜き、その鞘を浜辺に投げ捨てた。その投げ捨てられた鞘を見て、武蔵がニヤリと笑った。
「小次郎! 敗れたり!」
「なに!」
二人の間に緊張が走った。してやったりな武蔵の表情。もう勝負は始まっている。
「これこれ! この緊張感! これぞ決闘!」
小次郎は嬉しく興奮した。
「刀の鞘を捨てるということは!」
武蔵が小次郎を鋭く睨んだ。
「か、刀の鞘を捨てるということは……」
小次郎は武蔵の気迫に息を呑んだ。
「刀の鞘を捨てるということは……、捨てるということは……」
「え? どうしたどうした」
武蔵が自信なさげにゴニョゴニョ言い出した。決闘のいい感じになってきたのに、と小次郎はまたイラつきはじめた。
「ちょっと待って! 刀の鞘を捨てるということは、えーと……」
「勝負を捨てるということ!」
遠くから武蔵の母がささやき女将をした。
「あ、そうか!」
「『あ、そうか!』じゃねえ!」
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