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牛乳みそ汁とサバイバル飯とドリア
どんなに制裁を加えた後でも、何事もなかったような日常がここにある。
今日はエイトに手伝ってもらい、ナナの引っ越しの荷物でいっぱいになった部屋を片付ける日だ。まだたくさんのダンボールに入ったままの荷物が残っている。
「新聞紙をちゃんと敷いてから靴をならべろよ」
エイトがいつも通り仕切り屋根性を発揮する。
「新聞紙?」
「古い新聞でかまわねーから、新聞紙は湿気をとる万能アイテムなんだぞ。あとはにおいもインクがとってくれるしな。下駄箱だけじゃなくて、段ボールの下に敷いて保管しておくとか、台所の流しの下の収納場所にも新聞敷いてるけどな」
そういいながら、エイトは古新聞をたくさんもってきた。エイトは仕事着がジャージ上下だったりするので、ガラの悪い人のようにも見える。少しぶかぶかで裾をひきずっていて、どくろのアクセサリーが似合いそうだ。もっと言えば、シルバーのじゃらじゃらアクセサリーをつけて、コンビニの前で数人でたむろしていそうというな雰囲気がある。金髪のせいなのかもしれないが、はっきり言って外見だけ見たら、真面目そうには見えない。しかし、この男、家事力はものすごく高い。
「鬼山、この新聞紙で窓拭いておいてくれないか」
「新聞紙で窓を拭くの?」
何それと思いながら聞いてみた。
「これで、窓がピカピカになるんだ。インクが汚れをとるんだってよ。新聞紙をクシャクシャにして、窓を拭く、それでOK」
アシスタントの鬼山が不慣れな様子で窓を拭き始めた。この人、ケンカしたら弱そうだし、本当に半妖なのかな?
「じゃあナナの荷物をちゃんと部屋に並べないとな。俺は仕事があるから、ナナは自分の部屋を片付けろよ」
ナナは、用意された2階の1室を使うこととなり、新聞紙を敷きながら整理整頓を始めた。まだ、片付いていない荷物が結構ある。女子はたくさん洋服や靴などの所有物が多いのは仕方がない。
エイトは新聞紙の利便性について熱く語る。ほこりがたまっても、新聞紙を取り換えればいいから、便利なアイテムだという説明を長々とする。エイトは年の功といってもまだまだ若いが、色々知らないことを教えてくれる家事先生となった。
エイトは仕事部屋に戻る。結構広いので、割と室内を歩くと距離がある。仕事部屋は完全に別になっていて、扉が閉まっているので、基本外からは見えない。
今の保護者はエイトだ。この人がいるから、この生活ができるのだと思うと、ありがたみも倍増する。もちろん、母の貯金もあるが、学費、生活費、食費はエイトのお金を使っていいと言われた。エイトとしては大事な人の子供を育てたい。あしながおじさんというか、あしながお兄さんみたいな存在でいたいとか言っている。
夕方、エイトのためにナナは手作りみそ汁を作ってみた。一応感謝やお礼の気持ちを込めた一品だった。アシスタントのみんなにも食べてもらいたいと思って作っている。毎日居酒屋の厨房で交代で料理を作るらしく、今日は樹が担当だった。
「みそ汁はわたしが作ります」
「ありがとう。先生は料理上手だから、正直僕らの料理で満足していないと思うけど、残さず食べてくれるんだよね。物を大事にする人だからね。食べ物を粗末にしないんだ」
樹は慣れた手つきで野菜を切っていた。
「私、牛乳みそ汁を作ってみます」
「牛乳のみそ汁?」
ちょっと驚いている様子の樹。
「私、学校の家庭科で習ったんですよ、カルシウムも取れるし味も悪くないんです」
「ちょっと怖いもの見たさだな」
半笑いの樹だったが、出来上がったみそ汁の味わいに驚いてくれたようだった。
「これ、おいしい。コクがあってまろやかだね」
ひとくち味見をすると、樹が絶賛する。とても優しいまなざしだ。
「でしょ」
ちょっとドラマのワンシーンみたいなキッチンでの樹さんとの時間。ナナは少しだけだが、彼にときめいている。不幸の災難続きなのだから、少しくらいは歳相応の楽しみをみつけたいとどこかで願っていたのだと思う。彼の優しい存在は心のオアシスなのかもしれない。植物の半妖ならではの癒しのマイナスイオンを発しているように思える。
♢♢♢
「今日のみそ汁うまかったな。ごちそうさま」
さりげなく褒めてもらうとちょっとくすぐったい気持ちになる。
エイトは仕事が終わり、ナナは自分の荷物をかたづけた。アシスタントも誰もいない夜10時を過ぎたころ。締め切りが終わったエイトとナナはリビングにいた。アシスタントたちがいないこの空間はやけに広い。窓から見える景色も昼間とは違う。夜景がきれいに見える。少しずつこの家の暮らしに慣れてきて、家族感を満喫する余裕が少し出たような気がする。
「ちょっとお腹空いたよね。でも、時短で作ることができるメニューがいいな、カジダン雑学王なら色々知ってるでしょ? 教えて」
家族としての距離が少しずつつかめてきたような気がしていた。それはエイトも同じなのではないだろうか?
「ドリア作るか?」
「結構面倒くさそうじゃない?」
「いやいや、これが簡単なのさ。見てろよ、まず余ったごはんが冷蔵庫にあっただろ、それを耐熱皿にいれて。ミートソースをかけて、とろけるチーズをかけると簡単ドリアの完成だ。オーブンで10分くらい焼けばこんがりさくさくってわけだ」
「男の時短料理?」
「女もOKな時短料理だよ」
「でも、エイトはなんでそんなに料理に家事に詳しいの?」
「俺、ガキの頃は母子家庭でさ。母親は仕事で忙しくてずっと自分で自炊してたんだ。小学校低学年まではばーちゃんがいたんだけどな。ばーちゃんが亡くなって、それからは自分で何でもやってきた。死神だった親父はどこにいるのかもわかんねーし」
意外と苦労人なんだ。だから、家事男子なのかな?
「エイトのお母さんは仕事忙しかったの?」
「命を削るほど仕事をして、俺が18歳の時に過労で死んだけどな」
死別という事実はエイトとは同じなのか。少し親近感がわいた。だから、その気持ちを一番理解しているから保護者に名乗り出てくれたのかな。
「過労? 会社は責任とってくれたの?」
「過労かどうかは判定できないって言われたけど、実際居眠り運転したらしく、事故ったらしくて。会社は認めないけど、貯金はあったから大学も行けたし。だからさ、ナナのこと見過ごすことができなかったってのはあるな。俺と同じ境遇だからな」
同情なのかな。交通事故という点では一緒ならば、同士なのかもしれない。
「人間と妖怪が恋に落ちるって結構あるのかな。だって、ここには半妖がたくさんいるから」
「そうだな、でも、親父のように妖怪が一緒に生活することはかなわないってパターンが多くてな。人間が片親で育てているパターンが多いんだ。だから、親父が生きていたら、一度きちんとおふくろのことをどう考えていたのか。子供を置いていなくなるのは、無責任じゃないのかと問い詰めるつもりだ」
そんな深刻な話でもエイトは顔色を変えない。肝が据わっているのかもしれない。一種の彼の怨みなのかもしれないし、いつかきちんと父親に話しておきたいことなのだろう。彼の心の中の闇を少しだけ覗き見たような気もする。
「あっ、野菜買い置き切れてる!! ちょっと野菜も食べたいところだよね」
「じゃがりぃあるか?」
「ポテトのスナック菓子をどうするの? そこのかごに入っているけれど」
スナック菓子をエイトに渡す。細長いポテトのスナック菓子を得意げに取り出し、入れ物にカップラーメンを作るかのようにお湯を注ぎ始めた。
「何してるの?」
その不思議な行為に疑問を投げかける。
「サバ飯つくってる」
「サバ飯?」
魚のサバを思い描く。
「サバイバル飯だよ。これをお湯に浸して、マヨネーズで混ぜる。即席サバイバル飯完成だ」
「サバイバル?」
「震災とかで電気や水が使えないときにも食べられる調理法だ。ポテトのスナック菓子をお湯に浸してマヨネーズを混ぜるとポテトサラダの完成だ」
するとエイトはポテトのお菓子をつぶして、ポテトサラダのように調理をはじめる。
「そうだよね、これ、じゃがいもだもんね。でもポテトサラダになるの?」
「結構味はうまいと保証するぞ。これ、サバ飯の中でも簡単で有名な調理法なんだ」
「ほれ、ひとくち食べてみろ」
スプーンにすくって私にあーんをしろとジェスチャーする。
少し照れながら頬張り、サバ飯とやらをはじめて口にする。
「おいしいっ」
じゃがいものほくほくと程よい味付けの絶妙なハーモニーに舌鼓を打つ。本当においしいのだ。それに、なんとなくだが愛情も入っているような気がしてとても温かい即席ポテトサラダは極上の一品で寂しさを埋めてくれる味だった。エイトがいてよかった。
何かと雑学王なエイトの知恵にナナは驚かされてばかりだ。締め切りが終わったばかりでエイトも心に余裕があるようだった。静かな夜にふたりは、静かに親子のような家族の絆を深めていると思う。本当に家族になれるのかもしれない。
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