港の国篇

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 もしかしたら、何処かで街の人間がこの戦いを見守っているのかもしれない。戦い続けていたら野次馬のように群がってくるかもしれない。魔女狩り屋と魔女の戦いはどうも見世物になりやすい。見物は構わないが、うっかり怪我をしても責任は取れない。  今はこの広場に誰もいない。エルマとアーティー、そして領主とピアッディだけだ。早急にこの戦いに蹴りをつけよう。  躊躇いなく、エルマはピアッディに向けてショットガンを撃った。銃弾は空気を裂き、一直線に彼女の元へ。  しかし、その弾が届くことはなかった。キンと少し耳障りな音を立て、彼女に触れる直前で弾けたのだ。まるで見えない壁に当たったかのように。  エルマは驚かなかった。寧ろ納得した。銃弾を放たれて大人しく棒立ちになっている方がおかしい。大方、魔法で作った防御の壁でも用意していたのだろう。  それは想定済みだ。野生の魔女と違い、彼女は人に保有され、意志ある兵器となった魔女。そう簡単に倒せる筈がない。 「あなたを野生の魔女に襲われた被害者として処理します!」  そう言い放ったピアッディは、エルマに向けて杖を翳す。そこから飛び出したのは、まるで刃のような鋭い氷の塊。ナイフのように勢いよく飛び出していく。  だがエルマは狼狽えることはなく。 「アーティー」  隣にいるアーティーに声をかけると、彼女は頷き、手を翳す。氷の刃がエルマへと迫る寸前、その手から赤く染まった炎が。 「えい」  と掛け声一つで炎は玉となって飛び出し、氷の刃を包み込む。あっという間にそれは炎の中で解けてしまう。水となったそれは地面に墜落した。  その光景に愕然としたのはピアッディと領主。息を呑み、思わず後ずさる。 「お、おい! あの女は魔女か!?」 「まさかそんな……」  アーティーをエルマの助手の人間だと思っていたらしい。確かに見た目は16の少女。魔女に見えないのも頷けるが。 「お前は引き続き俺の補佐だ。あの魔女が出す魔法を全部止めろ」 「了解!」  ショットガンを構えたエルマは、地を蹴った。広場を大きく迂回し、側面からピアッディを狙撃しようと構える。  アーティーに驚いていたピアッディだったが、即座にエルマに向き直し、再び氷の魔法を繰り出す。どうやら彼女は氷の魔法に特化した魔女らしい。  高速で迫ってくる氷の剣は、アーティーの炎で全て燃やし尽くされる。その間にエルマがショットガンを放つが、そう簡単に防壁を突破することができない。アーティーの魔力を詰めた弾丸でも、やはり限度はあるか。 「領主様、もっと離れて!」  ピアッディは領主に向けて手を横に振るう。そこそこ距離はあるものの、やはりもう少し離れたほうが安全と思ったのだろう。領主は慌てて後方へと走った。  主思いの良い魔女だなと思ったが、それでも魔女は魔女だ。 「しつこいですよ、魔女狩り屋!」  ピアッディが次に醸し出した魔法は、先程よりもずっと大きな氷の塊だった。空気中に浮かんだそれは、巨大な石のような形から徐々に一本の棒へ……。  槍だ。槍のように形成されていく。  また随分と大掛かりな魔法を使うものだ。あの槍はショットガンでは撃ち抜けない。回避も難しいだろう。と、なれば。 「アーティー!」 「任せて!」  エルマの掛け声とともに、アーティーは前へと躍り出る。両手を前に翳せば、大きな大きな赤く染まった壁が。ゆらりと揺れるそれは、静かな炎にも見えた。  槍が投げられたと同時に、自ら作り出した壁をぐっと押し出す。それは真っ直ぐに突出し、槍を真正面から受け止める。  ぶつかった瞬間、激しい光が迸る。だが、大きくうねりを上げたのは炎の壁。まるで食らいつくかのように氷の槍を包み込んで、激しく燃え上がる。 「……何なの」  驚きを隠せないピアッディは、目を見開かせながらアーティーを見る。渾身の魔法はあっという間に炎に溶けた。氷が火に弱くとも、魔力が上回っていれば火を簡単に打ち消すことができるのに。  それが、できなかった。  ピアッディからすれば子供にしか見えないアーティーのほうが、遥かに魔力が上であるということ。 「ピアッディ! あの魔女から殺せ!」  領主の声が届き、ピアッディは杖を構える。そうだ。厄介なのはあの魔女。あれがいなくなれば、魔女狩り屋なんて大したことはない。  だがあの魔女は、あの魔女は何者だ。どうしてしがない魔女狩り屋が、強力な魔女を連れている? 「相当お前にビビっているようだな」  エルマはピアッディの様子を見、アーティーにそう話す。そうだねと頷くアーティーも、何処か他人事だ。  いや、ピアッディの反応は想像通り。理性を持った魔女なら当然と言えようか。  ピアッディはアーティーに杖を向ける。現れたのは真っ白に染まった球体。いくつもの玉となって、アーティーに襲いかかる。 「エルマ、下がって!」  アーティーはエルマにそう告げると、右手を翳す。どんどん球体がアーティーに迫るものの、彼女は臆することなく立ち尽くす。  すると、白い球体はどんどんアーティーの右手の中へと吸い込まれていく。アーティーに狙い定め、一直線に飛んでいたそれは、彼女の中へ。  まるで彼女の元へ帰還したかのように。 「なっ……」  当然ピアッディは驚くばかり。まさか自分の魔法が、彼女に吸い取られてしまうなんて。 どんな魔法も効かない。一体あの魔女は何だ。互角にさえもならない。彼女は遥かに高い魔力を有している。そんな魔女が国に属さず、魔女狩り屋と共にいるなんて。  唖然としているピアッディをよそに、エルマはアーティーに問いかける。 「アーティー、あいつの防壁を崩せるか?」 「いけるわ」  大きく頷いたアーティーは両手を大きく叩いた後、左右に広げた。すると浮かび上がってくるのは白い球体。  先程ピアッディから吸収したあの白い球体が無数に浮かび上がったのだ。 「お返しします!」  と声をかけたアーティーは両手を伸ばし、球体をピアッディに向けて放った。先程よりも速い速度で、一直線に彼女の元へ。 「くっ……!」  ピアッディは杖を構え、足に力を入れる。防壁により、無数の球体は彼女に届く前に弾け飛んでしまう。だが、次から次へと球体は迫り、防壁も彼女の体も揺らされる。  なんて威力だ。全く太刀打ちができない。あの力を跳ね返す術がない。防壁で身を守ることしか……。  直後、  ピシッと何かが罅割れる音がして、ピアッディは顔を上げた。よく見ると、用意した防壁に、亀裂。  亀裂? 「……そんな」  こんな簡単に防壁が打ち壊されてしまうものなのか? そもそもピアッディの魔法を吸収し、お返しで放つ技なんて、今まで見たことがない。  呆然とする中、ピアッディはただただアーティーを見る。魔女狩り屋が魔女を連れていること自体おかしいのに、あの魔女は並の強さではなかった。  おかしなところは他にもある。強い魔法を発動させるには少し時間がかかるもの。だが彼女は一度も時間をかけずに発動させた。一息で炎の壁を作り、何の予備動作もなしにピアッディの魔法を吸収した。  想定以上の魔力の持ち主。こんな力を有する魔女なんて。  まさか、まさか。  ピアッディは何かに気づき、目を見開いた。 「……銀の、魔女?」  そう言葉にした瞬間、防壁の亀裂は瞬く間に広がり、そしてパキンと音を立てて割れた。  直後にピアッディが見たのは、割れた瞬間を見計らってショットガンを構えていた、エルマの姿だった。
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