武器の国篇

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「聞いたよ。先日、シャーラスに出た魔女が軒並み魔女狩り屋にやられたそうじゃない。あれってエルマの仕業だろ?」 「仕業じゃない。俺は仕事をやっただけだ」  楽しそうに話しかけるローレインに対し、エルマは淡々と返し、注文した酒を飲む。昼間だというのに小さな酒場にはたくさんの人が集まっている。客の殆どは漁師だ。船に乗らない時は昼間から飲酒をするのが習慣らしい。  カウンターに並んで座り、会話を繰り広げるエルマとローレイン。未成年は立ち寄れないので、アーティーはヤーイェと共に店の外で待ってもらうことにした。治安も悪くないし、アーティーもヤーイェも揃って魔女だから、何があっても問題はない。 「さっき、アーティーがヤーイェの魔力が上がったって言ってたろ? 嬉しかったんだ。僕の側にいても、ちゃんと彼女は成長できるんだって」 「……そうだな。アーティーだって成長しているし、魔女は誰かと一緒にいることで育つんだろう」  ヤーイェは見た目は犬ながら、実際は魔女だった。魔女と銘打っているものの、実際は女性ばかりが生まれるわけではない。ヤーイェのように獣の姿で生まれる魔女もいれば、男の体で生まれる魔女もいる。  それぞれ獣型の魔女、雄型の魔女と称されている。その数は非常に少なく、見かけることは滅多にない。女の姿で生まれるパターンが圧倒的に多いので、魔女という呼称がずっと続いている有様だ。 「お前にとってヤーイェは十分な存在だろう。いいボディーガードになっているか?」 「あぁ勿論だよ。とは言え、僕もやられてばかりじゃないからね。自分の身を守れないと、情報屋なんてやってられないだろう?」  ローレインは世界各地を飛び回り、あらゆる情報の売買を行っている情報屋だった。その腕は確かで、目が飛び出るほどの高額を支払えば重要機密に値するような情報を売ってくれるとも言われている。  それ故に命を狙われることも珍しくなく、そこで用意したのが獣型の魔女であるヤーイェだった。元々ヤーイェは1年ほど前に生まれたばかりの魔女で、たまたまエルマとアーティーが見かけ、他国に奪われる前に保護した。そしてローレインに譲り渡したのだ。優秀なボディーガードとして。  エルマはローレインの常連だった。彼からもらった情報を元に各地を飛び回り、魔女の駆逐を行っている。  しかしながら、彼が持っているだろう重要機密には興味がなかった。欲しいのは、唯一つ。 「……片碧眼の魔女の情報、何か掴んだか?」  エルマが求めているのはこれだけだった。瀕死のシェーンにとどめを刺したあの魔女だけは絶対に見つけなければならない。  その情報をローレインに求めていた。彼のほうが遥かに情報を獲得するだろうと見込んだから。  ローレインは半分になったエールを一口飲むと、小さく息を吐いた。 「うん、確定とは言い難いが、いくつかの候補地を見つけた」 「本当か?」  漁師達の賑やかな声が聞こえる。彼らはエルマ達の会話など気にも留めないだろう。マスターでさえも別の客と話している始末。  情報を聞き出すには、今が好都合だ。 「雪の国か機械の国。どちらかの魔女が片碧眼で、もう1人が両目とも碧眼らしいんだ」 「ほう」 「どちらも国の要職に就いている凄腕の魔女で、実質国の権限を握っていると言っても過言ではない。特に機械の国は実質魔女の国のようになってるらしく、いい話を聞かないね」  雪の国と機械の国。どちらも遠い場所にあって、エルマ自身も向かったことはない。どちらも閉鎖的な国で、他国と交流を図ろうとしないのだ。  しかし、魔女が権限を握っている国というのは厄介だ。特に機械の国は想像がつかなかった。 「ここからだと雪の国が一番近いな。先にそっちへ向かい、外れたら機械の国へ行く。助かった、ローレイン」 「気にしないでくれ、僕の仕事だ。情報料は2000ゴールドでいい」 「随分と安いな。もっと請求してくれて構わないぞ?」 「エルマは命の恩人だからね。君がいなかったら僕はここにいないから……」  眉根を下げたローレインの表情を見、エルマは思い返す。  あぁそう言えば、あれから2年になるのかと。  ローレインとの出会いは2年前。元々彼は花の国に住んでいた。足の悪い父親と幼い妹を養うために、数々の仕事をこなしていたそうだ。  しかし、花の国は隣にある山の国の襲撃を受けて、火の海となった。強い魔女を保有した山の国は領地獲得に積極的になり、穏健派だった花の国を手始めに襲ったのだという。魔女のレベルに差があったために太刀打ちできず、あっという間に支配下に入ってしまった。  ローレインはその戦禍で父と妹を喪った。彼は数少ない生き残りとなり、命からがら国を逃げ出した。だが魔女の1人がローレインを追撃し、魔法で彼を攻撃しようとした。  もう駄目だと思った矢先に、その魔女は撃ち落とされた。  たまたま近くを通りかかったエルマとアーティーによって。  命を救われたローレインは2人に恩義を感じ、それから交流が深まった。仕事で得た経験から情報屋として世界を飛び回ることを決め、今に至る。 「魔女を憎む気持ちは僕だって同じだ。君が魔女をたくさん駆逐できるように僕は情報を提供する。お互いに損はしてないさ」 「……そうだな」  共に大切な家族を喪った者同士故か、エルマとローレインは強い友情を感じていた。ローレインはエルマより一回りも年下なのに、それを思わせないほどに気さくに会話ができる。 「エルマ、雪の国へ行くのだろ? ここから雪の国はなかなかの距離だよ。他の国を経由したほうが……」 「あぁ、経由する国については決まっている。ちょうど立ち寄りたかったんだ」  エルマは残ったブランデーを一気に口の中へと流し込んだ。喉の奥がカッと熱くなって、そしてじわりと冷めていく。  空になったグラスをトンと置き、意を決したように息を吐いた。 「……武器の国だ」
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