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この丘の上から海を一望できる。先程から何艘もの漁船が海の上を泳いでいた。彼らはたくさんの魚を穫りに短い旅に出るのだろう。
そして穫った魚はこの街の店に並び、多くの人がそれを食す。自然の恵みに感謝して、その美味に心を打たれながら。
「私、初めて魚を食べたのがエルマと出会ってすぐの頃でね。魔女って別に食事いらないじゃない? でもあの人、とにかく食べろって言って聞かなくて……。でも実際食べてみたら美味しかったなぁ。鮭をバターで蒸した奴なんだけど」
「あら、とてもいいじゃない。私はこの姿だから魚は食べられないけれど、バターの香りはよく分かるわ。香ばしかったでしょうね」
ベンチに腰掛けて海を眺めているアーティーと、その足元で座っているヤーイェ。傍から見ると犬の散歩をしている少女だ。ヤーイェが喋っていることに気が付かなければ、誰も彼女達が魔女だとは思わない。
エルマとローレインが仕事の話だと称して別の場所に向かっている間、アーティーとヤーイェはこの場所で待っていた。
「ローレインとの旅は楽しい?」
「えぇ勿論。情報を集めようと危なっかしいこともするけど、そこが楽しいわ。きっと彼を守ってあげなきゃという気持ちが、私の強さになるのかしらね」
同じように海を眺めているヤーイェ。その表情は何処か嬉しそうだった。ローレインとの日々を思い返しているのだろう。
その姿を見るだけで、アーティーも微笑ましくなる。
「ごめんなさいね、アーティー。なかなか片碧眼の魔女が見つからなくて」
「ううん、大丈夫。広い世界にたくさんの魔女がいるもんね。見つからないのも無理はないよ」
空を仰ぐ。鳥が数羽飛んでいるのが見えた。こうして見ると、何処にでもある世界の情景なのだが、各地に魔女は点在していて、兵器として猛威を奮っている。中には捨てられた魔女が理性を失って人々の驚異となっている。
魔女によって大切な人を失った人は数しれない。エルマも、ローレインもそう。決してアーティーとヤーイェが行ったわけではないのに、罪悪感が迸る。
そう、だからこそ。
「……ごめんね、ヤーイェ」
「あら、今度はあなたが謝る番? どうしたの?」
「《世界の果て》へ行くことよ。まだあなたは生まれて間もないのにと思って」
エルマとアーティーの目的地、《世界の果て》。ここへ行くと知っているの2人とヤーイェだけ。ローレインにも話していなかった。
ヤーイェはアーティーの方を見るが、不服そうな顔は一切見せなかった。
「気にしていないわ」
そうはっきりと答えたのだ。
「私は生まれて間もないけれど、魔女としての在り方、魔女の役目、そして《300年前の出来事》、全て覚えている。きっと、私を組み立てた因子が覚えていたんだわ。それを知った上で私は、あなたは《世界の果て》へ行くべきだと思っている」
「……」
「300年前の世界を見たわけじゃないけれど、あの日から全てが変わってしまったと思うの。あなたはやり直したい。そういうことでしょう? だから、止めはしないわよ」
優しく語りかけるような口調で言葉を紡ぐヤーイェ。アーティーは困ったように眉根を下げつつも、笑った。
少しだけ、心が暖かくなったような気がした、
「ありがとう、ヤーイェ」
「この世界の魔女は殆ど忘れているかもしれないけれど、私はちゃんと覚えている。あなたは銀の魔女。全ての魔女の生みの親なのだということを……」
強い風がざっと一陣吹いた。アーティーの長い髪が揺れる。漁船がまた一艘、水平線の向こうへ消えていく。
あぁそうだ。ヤーイェの言葉に、アーティーは改めて決意する。
「そうね。……私が、やらなきゃ」
この世界を変えるために。魔女の猛威を止めるために。
だからエルマと共にいるのだ。
「あら、戻ってきたわよ」
ヤーイェの声にアーティーは振り返る。エルマとローレインの姿が見えた。1時間ほどだったか、もう少し時間がかかると思っていたが……。
「おかえり、エルマ、ローレイン! 楽しかった?」
「うん、とても楽しかったよ。夜はみんなで魚の美味しいレストランに行こう。バルコニーがあるからヤーイェも連れていけるんだ」
「本当に? 楽しみー!」
目を輝かせたアーティーはその場に立ち上がり、両手を上げた。ローレインも満足げに微笑む一方、エルマは相変わらずの仏頂面。
だが、その表情は元々だ。嫌がっている様子は微塵も感じられなかった。
「アーティー、今日はこの街に泊まるが、明日になったら出発する」
「何処へ?」
「武器の国だ」
エルマの言葉に、アーティーは首を傾げる。
「武器でも壊れた?」
「壊れてはいないが、これから長い戦いになるだろうから強化をしておきたい」
「うん、分かったわ」
長い戦いになる。アーティーはその言葉の意味を理解した。恐らくローレインとの会話で、手がかりを見つけたのだろう。
片碧眼の魔女の居場所を。
その魔女を見つけ、エルマが倒せば彼の目的は全て終わる。その後はアーティーの目的のために旅をするのだ。
あぁ、少しだけゴールが見えてきた。そんな気がした。
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