武器の国篇

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「本当に助かった。エルマ達が来なかったらどうなっていたことか……」  乾いた風が吹く荒野。草一本も生えない場所に4人の人間。先程まで激しい魔法や銃声が飛び交っていたのだが、今はもうその痕跡もない。  襲いかかってきた魔女はエルマとアーティーの手によって駆逐され、粒子となってどこかへと消えていった。きっとあの空の向こうにでもいるのだろう。  その場に座り込んで息を吐く男は、エルマとアーティーの加勢に感謝していた。 「お前が魔女に手こずるとはな」 「仕方がないだろう。この人を守るのに必死だったんだ」  と指差したのは横たわっている男性。微かに呼吸をしているので、一命をとりとめている様子。見る限り、深い傷を負っているようにも見えない。 「この人、イーズの知り合い?」 「いや、恐らく武器の国へ行こうとした旅人じゃないかな。俺はいつも街の周辺を巡回しているから、たまたま魔女に襲われているのを見つけてね……」  武器の国へ足を運ぶ旅人は珍しくない。この荒野を抜ける者もいれば、別のルートから向かう人もいる。しかし、野営するには向かないこの荒野を徒歩で抜けるのは少し無謀だが。 「実際、この人以外にも魔女に襲われているケースは多々あるんだ。俺達警備隊では手が回らないほどに、魔女が増えている……」 「そうか」  悔しげに歯を食いしばる彼を見て、エルマはただそう返すことしかできなかった。  イーズと呼ばれる男は、正しくはイーズリットという。武器の国の治安を維持する警備隊に所属していて、魔女狩り屋ではなくとも魔女を退治する実力を持っている。  エルマとアーティーとは知己だった。以前武器の国へ訪れた際に出会ったことが縁だ。アーティーが魔女であることも知っている。  しかしエルマは、イーズリットの言葉を受け流すことができなかった。手が回らないほどに魔女が増えているという言葉。それはとても厄介なことではないか? と。 「まるで、武器の国を狙うかのように魔女が湧き出ているみたいだな」 「野良の魔女にそんな理性あったっけ?」 「……さぁな。また誰かに使役されているのならば話は別だが」  エルマとアーティーの脳裏に浮かんだのは、港の国での一幕。領主が使役していた魔女を通して、野生の魔女を飼い慣らしていた、あの光景。  領主と同じやり方で野生の魔女を使役し、武器の国を襲っている? いくらなんでも対象相手の規模が大きすぎるような。 「また、とは?」  気を失っている旅人を抱えながら、イーズリットが訊ねる。ずっと武器の国にいる彼が、港の国の内情を知る由もない。 「先日、港の国へ行ったんだが、そこでは領主が自前の魔女を通して野生の魔女を使役し、街を襲わせていたんだ」 「なんだって?」  驚き、表情を歪ませるイーズリットに、アーティーが言葉を添える。 「そしてその自前の魔女が野生の魔女を倒すっていう……えっと、マッチなんとかってのをやってたの!」 「マッチポンプな」  あの領主の目的は、自分の立場をより強固にするためのものだった。だが、今回はどうだ?  たまたま野生の魔女が集まって武器の国へ向かっているだけなのか、誰かが使役して襲わせているのか。  やはり魔女が絡むとろくなことが起きない。ずっとずっと昔からそうだ。 「……ここ最近、魔女の動きが活発になっている。武器の国だけでなく、他の国でも野生の魔女が集中することがあるらしい」  イーズリットは困惑した表情で話す。港の国の話を聞き、何か思うところがあったのだろう。  野生の魔女が一つの国に集中して襲いかかるなんてあまり聞かない話だ。理性を持たない魔女はあちこちを転々とし、目についたものを攻撃する習性を持つ。  やはり野生の魔女を指揮する何かが裏にあるのだろうか。 「妙なことが起こっているな。……もしかして」  エルマはふと、先日のローレインとの会話を思い出す。片碧眼の魔女がいると思われる2つの国。その片方は確か……。 「今の機械の国は、実質魔女の国になっているという噂だが、それが関係しているのか?」 「機械の国?」  訝しげな表情でイーズリットは首を傾げる。機械の国の内情に詳しくないのか、半ば困惑しているようにも感じられた。  イーズリットと気を失った旅人を自身の車へと誘導しながら、エルマはローレインとの会話を掘り返す。 「詳しくは知らないが、機械の国は魔女に支配されているという噂があるらしい」 「確かに、機械の国はあまり他国との交流はない。人間が作り出した機械を、魔女の力で動かしてやりくりしている閉鎖的な国だった筈だ。……だが、魔女の国になっているなんて初耳だな」 「あくまで噂だがな」  ローレインから買い付けた情報ではあるが、武器の国を警護するイーズリットにも耳に入れておくべき情報だろう。  もし本当に野生の魔女を機械の国の魔女が扇動しているのならば、厄介なのは否めない。 「機械の国は、野生の魔女を武器にして他の国を襲うつもりなのかしら」  車の扉を開けながらアーティーが聞く。 「まだはっきりと機械の国が関与しているとは言えないが、魔女が支配をしているのならばあり得るのだろうな……。なんとしてでも、俺はこの国を守らなければ」  旅人を後部座席に横たわらせ、イーズリットは深い息を吐く。その表情は険しく、魔女の存在を忌々しく思っているかのよう。 「まずは街へ戻るぞ。イーズは助手席に座れ。アーティー、後ろでもいいか?」 「飛んでいこうか?」 「他の連中に見つかっていいならな」  それは困るな……と苦笑いを浮かべたアーティーは、言われるがままに後部座席へ。横たわった旅人がいるが、足を床に下ろしているので彼女の座るスペースは十分にある。体格に恵まれたイーズリットより、アーティーが座ったほうが窮屈ではない。 「エルマ、何故武器の国へ?」 「武器の新調と修理だ。ちょっと寄りたい国があってな……」  運転席と助手席に乗り込んだエルマとイーズリット。ここから武器の国までそう時間はかからないだろう。夜までには辿り着く筈だ。 「そうか。もし急ぎじゃないなら、野生の魔女を倒す手伝いをしてくれないか?」 「報酬次第だな」 「5000ゴールドと、アーティーに新しい服と靴でどうだろう?」  と提案すれば、後部座席のアーティーが身を乗り出した。 「やった! 引き受けます!」 「勝手に決めるな」  エルマは食いつくアーティーを諌めながら、荒々しくアクセルを踏んだ。
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