2人が本棚に入れています
本棚に追加
港の国篇
魔女とは兵器である。
誰が最初にそう言ったのかはもう定かではないが、遠い遠い昔からそれは当たり前のように浸透していた。
魔女は人間ではない。不思議な力を得た生き物でもない。いや、呼吸をし、歩き、話すことができる点では生き物とそう変わらないのだが、それでも魔女は生き物と定義されなかった。
この世界の空気に紛れて浮遊する魔力。その魔力が長い年月を経て一つの塊となり、それが人型として形成される。やがてそれは意思を持ち、人と何ら変わりのない生き物として誕生する。
それが魔女だ。
魔女とは魔力の集合体である。何故魔力が集まって人型となっていくのかは定かではないが、古い昔から魔女はこうして生まれ続けてきた。
様々な魔法を駆使する魔力の集合体を人々は欲した。やがて世界中の各国があらゆる魔女を確保し、国の治安維持として、時には戦争の戦力として魔女を使役した。強い魔女を確保している国ほど強大な国となり、その結果弱小国は歴史から姿を消した。
全て魔女を兵力として扱った結果だ。
故に魔女は兵器である。
この世界にはあらゆる魔女が生きている。魔女に助けられた人々もいれば、魔女によって全てを失った人々もいる。
だが果たして、悪いのは魔女か? 魔女を保有している国ではないか?
様々な思いが交錯しつつ、世界は今日も生き続ける。魔女を兵器として使役し、各地で争いを起こしながら。
車を走らせて何時間が経過しただろう。もう夜は明け、東がぼんやりと明るくなってきた。
眠気覚ましのガムは何個目だ? もう吐き出すのが億劫になり、味を失っても噛み続けている。元々これは何味だっただろうか。
森を抜け、広い道をただただ走る。こんな時間では他の車も見当たらない。まるで世界に置き去りにされてしまった気分だ。
「……まだつかない?」
助手席でぼんやりと景色を眺めていたアーティーがふとエルマに問いかける。眠っていていいと言ったが、やはり舗装されていない道ではうまく眠れそうにないらしい。
「後もう少しだ」
「エルマのもう少しってあてにならないよ……」
小さく欠伸をしたアーティーは再び外の景色を見る。夜明けの時間帯とは言え、とても暗い。あの暗闇の中に何かしらの生き物がいるのかもしれないが、ここからでは何も分からない。
「さっき野良の魔女がいたじゃない? この辺にもまだまだいるんじゃないかな」
「いるだろうな。だが探している暇はない。さっさと港の国へ行きたいからな」
「野良の魔女をまとめて引き取ってくれる優しい場所ってないのかしら」
国に保有されることなく、見捨てられてしまった魔女は野生、野良と呼ばれることとなる。それらは兵器として役に立たないほどの魔力しか持っておらず、手放しても基本的に害はない。
そう、本来は。
野生化した魔女は時に凶暴化し、隠されていた魔力を爆発させることがある。そうなると人々や各地の街に害を与える。先程、エルマが助けた青年を襲ったのもその一人だ。
そんな魔女を駆逐するためのビジネスが、魔女狩り屋。エルマはずっとこの仕事についている。
全ては野生化した魔女が人々に害をなさないための駆除、ではあるが。
それはあくまで表向き。
「……港の国にいるといいね。エルマの探している魔女」
「あぁ」
エルマはぐっとハンドルを強く強く握る。その表情は何処か険しく、憤っているようにも見えた。
アーティーはそんな姿を見ても驚き、戸惑う素振りを見せず、じっと景色を眺めていた。
「ねぇエルマ。どんな相手でも、私がちゃんと手伝うから安心して?」
「……あぁ、頼りにしている」
「私、どんな魔女にも負けないわ」
アーティーは自らの掌を向ける。と同時に、ゆらりと小さな氷の粒が湧き出てくる。それは彼女の手の上で静かに踊っているだけ。
それを眺める彼女の目には強い光が宿っていた。
「お前ほど頼りになる魔女はいないさ」
「あらら、魔女が嫌いな人の言うセリフかしら?」
「お前は別だ」
先程まで険しい表情を浮かべていたエルマは、いつの間にか口角を上げて笑っていた。ハンドルを握る手も、いつもどおりの強さに。
「……魔女を憎んでいるのは、一緒だからな」
あともう少しで朝日が昇る。なるべく早く、早く港の国へ。
エルマはぐっとアクセルを踏んだ。いびつな道の上を、大きなタイヤが強い回転で走り抜けていった。
最初のコメントを投稿しよう!