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「いわゆるマッチポンプという奴だ」
「なにそれ?」
朝食後、宿屋に戻ったエルマとアーティー。用意された部屋の中で寛いでいる中、ふとエルマが言葉を紡ぐ。
部屋の中は簡素ながらしっかりとした作りになっていた。ベッドも柔らかく、ふわりと沈むような感触がいい。このまますっと眠ってしまいそうだ。
エルマはベッドに横たわりながら、天井の照明を見上げていた。
「自分で起こした事件を自分で解決し、それで利益を得るというパターンだな」
「え? でも自分で起こした事件を解決したところで利益にならないんじゃない? ただの自己責任じゃ……」
「自分で起こした事件であるということを周りが気づかなければ、《誰かが起こした事件》を解決したことになるだろう?」
なるほど! と、ベッドに腰掛けていたアーティーは手を叩く。
先程のレストランの店主の話を聞く限り、マッチポンプの可能性が非常に高い。夜間に出てくる野生の魔女。それを、魔女を使って駆除する領主。その魔女は個人保有という噂もある。
本来魔女は兵器だから、国が管理するのが普通だ。だが共和制であるこの国は、金と権力を持った民間人が魔女を保有することもありえる。実際、港の国以外の共和国でも個人で魔女を保有していたケースもあった。
「その領主とやらは恐らく野良の魔女を夜間に解き放ち、そして自分の持つ魔女を使って退治している。周りからすれば領主は野生の魔女から街を救ったということになり、領主は英雄扱いされるわけだ」
「つまり、領主は野良も保持しているってこと?」
「その可能性はあるな。理性のない野獣共をどう手懐けているのかは分からないが」
都合よく野生の魔女を街へ置くには、自分で保管しているものを解き放つ方が手っ取り早い。しかし野生の魔女は理性がなく、場合によっては凶暴な力を持っていることもある。どのようにして管理しているのか。
領主が保有している魔女のおかげかもしれない。
「あれ? でも治安は良くないって言ってなかったっけ。領主が魔女を追い払っているつもりなのに?」
「その治安の悪さを領主が引き起こしているのだ。領主だからこそ悪い商売を黙認できるし見過ごせる。周りが何を思おうと、領主であり、魔女から街を救う英雄様だから何も言えないでいる」
実際、店主が声を殺してエルマに話していたのは、周りに聞かれることを恐れていたからだ。いつ何処で、領主の息がかかった人間が聞いているか分かったものではない。
領主は自分で起こした事件を自分で解決し、街の人を屈服させている。彼がどんなあくどいことを水面下で行おうと、彼がいないと野生の魔女を退治することができないという状況を作り出している。
「……問題は、領主の持っている魔女が《片碧眼》であるかだな」
「うーん、どうだろう……」
アーティーは首を傾げる。店主からは魔女の特徴を聞くことはできなかった。彼自身、見たことがないとも言っていた。
実際この目で確かめてみないと。
「私は違うと思うのよね。こんな小さい事件をいそいそ片付けるようなレベルの魔女とは思えないし」
「そうだな」
「まぁでも、もしかしたら手がかりくらいは掴めるかもしれないね。見たことある! って言うかも」
アーティーの言うとおりだ。領主の保有する魔女が《片碧眼》ではなくても、何かしらの手がかりを見つけることができるかもしれない。
そうとなれば、早く魔女に接触したいところだが。
「でもこの仕事、無償でやらないでしょ?」
「当たり前だ。全ては町長との交渉次第だな」
魔女狩り屋は商売である。見合った金額を提示されない限りはエルマだって動けない。各地を旅しているので路銀が必要だ。無償で魔女狩りが行える筈もなく。
依頼を受けて初めてエルマは魔女狩りができる。そういう仕組みだ。
「まぁ、後でそのホーウォンとやらに会いに行こう。俺は眠いから一度寝る」
「はーい。夜遅くまで寝ないでよ?」
「夕方までには起きる。お前はどうする?」
アーティーを見る限り、特に眠そうにはしていない。
「うーん。ちょっと街の中を散策していいかな? その間に色んな情報を集めてみるね」
「助かる。だが余計なトラブルは起こすなよ」
「大丈夫だって!」
と笑うアーティー。少し心配ではあるが、今は彼女を信じようか。
「お前が他とは異なる魔女だとバレると厄介だ。用心しろ」
「多分大丈夫だと思うんだけどね。一応私は《死んだ》ことになってるし。……まぁエルマの忠告はしっかり受けておくね」
アーティーはベッドから降りると、はっと思い出したように顔を上げる。
「あ、お小遣いちょうだい? お昼ごはん代!」
「適当に持っていけ」
「ありがとう!」
エルマの荷物から財布を取り出したアーティー。慣れた手付きで数枚の貨幣を手に取る。エルマはそれを黙って見ていた。
まぁあの程度の枚数なら許容範囲だ。
「無駄遣いするなよ。迷子になるな。あと知らない奴についていくんじゃねえぞ」
「子供扱いしないでよ」
「十分子供だ。16だろ」
「16歳なのは形式上の話!」
もう! と唇を尖らせるアーティーだったが、自身の財布に貨幣を入れると、小さく息を吐く。
「よし、じゃあ行ってきます!」
「あぁ」
「後で起こすから、ゆっくり休んでね」
と言い残し、アーティーは部屋を出る。その足取りは軽やかで、街の散策を楽しみにしているかのようだった。
それを見届けたエルマは、柔らかな感触に沈みながら、ゆっくりと目を閉じる。あぁやっと、体が休まると実感した。
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