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夕方でも街の中は賑わっている。特に夕食の買い出しのために女性が多く行き交っているのが印象的だ。中にはレストランで食事を済ませようと店を探している人達もいる。
行き交う人みんな、明るい顔をしていた。夜になると魔女が闊歩するかもしれないというのに。もしかしたらその現実から必死に目を逸らそうとしているのか。
それとも明るいふりをしていないと、この街の領主の目が恐ろしいからか。
「さっき領主の家の近くを通ってみたんだけど、凄い魔力の気配だった。魔女は複数いるなって感じがしたわ」
「ということは、やはり野良の魔女を屋敷で飼っているのか……」
行き交う人達の耳に入らないように声を殺しつつ、エルマとアーティーは会話を交わす。どうやらアーティーは単独行動の際、街のあちこちを見てきたらしい。
魔女である彼女にとって、魔力を感じ取るというのは簡単なこと。領主の屋敷に複数の魔女の気配があることも間違いはない。
やはりマッチポンプか。複数の野生の魔女を囲い、夜になるとその一部を放ち、そして保有している魔女を使って駆除する。魔女を退治した有能な領主として崇められるために。自身の地位を維持するために。
「明るさとは打って変わって、陰湿な街だな」
「領主を懲らしめたら解決できるんじゃない?」
「どうだろうな」
領主が手を回している裏取引や闇の商売は、そう簡単に摘発できるものではないだろう。例え領主の座を追われたとしても、次の領主になる人に重荷がのしかかる。
非の打ち所がない街になるには、まだ数年かかってしまいそうだ。
「ついたぞ。宿の主人の言うことが正しければ、ここが町長の家だ」
「へー、案外普通だね」
「……そうだな」
街の一角に町長の家はあった。ごく普通の民家だ。別段大きくもなく、豪華に着飾っているわけでもない。本当にここが町長の家なのか疑わしくなった。
しかしよく見ると、ポストに名前が書かれている。ホーウォンとしっかり書かれていた。間違いなく町長の家だ。
そもそも領主と町長の違いはなんだろう? 街を管理するという意味では同じだろうに。不思議に思いながらも、エルマは戸を叩いた。
出てきたのは1人の若い女性だった。奥方なのか娘なのか、それとも使用人か分からない。レストランの店主の紹介で来たと言えば、あっさりと通してくれた。素性も知らない男と女をこんな簡単に通すなんて。
店主が先に話をつけてくれたのか? それともまだ少女であるアーティーがいるから警戒心がなかったのか?
奥の部屋にホーウォンはいた。町長という割には年若く、40代程度に見えた。あごひげが立派な細身の男性だ。深々と頭を下げる。
「……はじめまして。魔女狩り屋、ですね」
「エルマだ。あの店主に聞いていたか」
「はい」
やはり先に話を通してくれていたか。それなら話がスムーズに進みそうだ。
彼に促されてソファに座る。先程案内してくれた女性が紅茶を入れてきた。ホーウォン曰く、18になる娘だという。
「町長の割には意外と普通の家に住んでいるんだな。もう少し大きな屋敷を想像していたが」
「家の大きさは権力の象徴とも言いますが、私はあくまで街の代表をしているだけのこと。そう大きな力を持っているわけではありません」
と謙遜気味に笑う。随分と人がいい性格らしい。しかし、その優しさだと、まともに領主とやり合うことなどできないだろう。
「あの、そちらのお嬢さんは?」
本題に入る前に、ホーウォンはアーティーを見る。
「アーティー。俺の娘だ」
「ご令嬢でしたか」
「家族はこいつしかいなくてな。親子2人でしがない魔女退治の旅をしている。あぁ、勿論仕事の手伝いはさせていない」
あくまでアーティーはエルマの娘。決して魔女であることは打ち明けない。円滑に旅を進めるために、この程度の嘘は必要不可欠だ。
「さて本題だが、夜になると出没する野良の魔女は、領主が用意したものだと俺は考える。どうだ?」
「……えぇ、恐らく。ただ、証拠がありません」
ホーウォンは苦々しい表情を浮かべる。
「この街の領主は、祖父の代から商売で財を成し、権力を誇ってきました。先々代と先代はとても優しい人でしたが、今の領主は……」
「闇取引で儲けを出し、魔女を放っては、自分の魔女に退治させていると。自分が蒔いた種を自分で摘み取っているのだ、証拠がないのも仕方がない話だな」
ホーウォンは何度も頷く。そして不安げに辺りを見渡した。誰かが聞いているのかもしれないと警戒しているのだろうか。
ふとエルマはアーティーに目を向ける。彼女は静かに首を振った。その反応から、恐らく周辺には誰もいないのだろう。
「大丈夫だ。人の気配を感じない」
「そ、そうですか……」
「俺が聞きたいのは、これからどうするかだ。報酬を貰えるのであれば、領主が飼っているだろう野良の魔女も、領主が保有している魔女も軒並み排除する。領主が黒幕である証拠も引きずり出そう」
「そんな!」
思わずホーウォンは声を張り上げる。そして困惑したように目を泳がせてしまう。彼が何を戸惑っているのか、エルマはすぐに理解した。
「や、野生の魔女ならまだしも、個人で保有している魔女を倒すのは……。魔女狩り屋は、野生の魔女を退治するお仕事では? 流石にそれはまずいと……」
「お前の言いたいことは分かる。だが、聞いてくれ」
ホーウォンの言う通り、魔女狩り屋は理性を失い、暴走する兵器と化した野生の魔女を退治するための仕事だ。個人で保有し、まだ理性と自我を保っている魔女を倒すのはご法度である。
本来ならば。そう、本来ならば。
「魔女は兵器だ。使う人間の匙加減で野良の魔女とそう変わらなくなる。大事なのは魔女を持つことででかい顔をする人間を懲らしめること。一度その人間の手元から魔女を奪い、真っ裸にしてやればいい」
「……」
「話を聞く限り、領主が解き放った魔女による人的被害は出ていないが、たまたま出ていないだけで次は出るかもしれない。もしその被害者がお前の知り合いだったら、どうする?」
領主が持つ野生の魔女を全て退治しても、保有している魔女がいる限りまた同じことが繰り返されるだろう。そもそも領主が野生の魔女を確保できているのも、その魔女が原因かもしれない。
「俺は、魔女によって家族や大切な人を失った人々を数多く見てきた。この街に同じ悲劇を味わわせたくない」
脳裏に浮かぶ、シェーンとラドナ。2人も魔女による犠牲者だ。今生きていれば……と何度も思ってしまう。
「……いくら、ご用意したらいいでしょうか」
それまで黙っていたホーウォンが、ようやく口を開く。エルマの言葉が響いたのか、向けられた目には強い光が宿っていた。
あぁ、決意の顔だとエルマは笑みを浮かべる。
「5000ゴールドでいい」
「5000!?」
「なんだ、不満か?」
「い、いえ。寧ろ安すぎると思って……。野生の魔女複数と、領主が持つ魔女だけで何体いるか……」
今まで数多くの依頼を引き受けてきたが、みんな安価な報酬に驚きを隠していなかった。確かに、野生の魔女一体倒すのに3000ゴールドかかるのが平均とされている。それはエルマも承知しているが。
「別にこの仕事で儲けたいとは思っていない。車の維持費と、娘にうまいものを食わせられる程度でいい」
「しかし……」
「俺は魔女を殺したいんだ。だからこの仕事をしている。報酬は5000でいい」
これ以上の値上げはしないとエルマは首を振る。アーティーは何も言わないまま、紅茶を飲んでいる。報酬のことに関してはエルマに一任しているのだろう。
渋っていたホーウォンだったが、やがて小さく息を吐く。
「……承知しました。お支払いしましょう」
「交渉成立だな」
エルマは笑みを浮かべ、紅茶を口にした。交渉が成立したということは、魔女を倒す口実ができたということ。
夜になれば早速動き出そう。この街の魔女を、殲滅する。
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