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「エルマー! こっちこっち!」
アーティーの声を頼りに、エルマは街の中を駆ける。月の明かりと家々から漏れる光のおかげで、夜でもはっきりと道が分かる。先程魔女を撃ち抜いた時も、視界に困ることはなかった。
街は静かだった。魔女が出たことに怯えているのだろうか。だが遠くからは騒がしい声が。避難している住民達の声かもしれない。
二つ隣の通りにアーティーはいた。エルマの姿を見るなり、大きく手を振る。彼女の周りに住民はいないようだ。いや、ただ一人を除いて。
「……ァアア」
地面に吸い込まれるように倒れている魔女の姿が。蠢くような声を上げながらなんとか起き上がろうとしているのだが、うまくいかない様子。
エルマの姿を見るなり、鋭い視線で睨みつけてくるが、この程度の視線はどうってことない。
「片付いた?」
「あぁ」
「重力の魔法で一旦動きを止めておいたよ。大丈夫、街の人には見られていないから」
そう話すアーティーは、後ろに手を組みながら歩く。その素振りはまるで魔法を使用していないかのよう。
《そのような仕草》ができるからこそ、住民から魔女と気付かれないと言ってもいい。
「助かる。他に人間はいないか?」
「うん、みんな向こうへ逃げたわ。この魔女より大きな魔力の反応もそう遠くないところにあるから、領主の魔女も近くにいるよ」
「そうか。こちらから探す必要がなくなったな」
エルマは納得したように頷くと、地面に這いつくばったままの魔女に銃口を向ける。アーティーはあくまでサポート。トドメを刺すのはこちらの仕事だ。
アーティーの感知が正しければ、野生の魔女退治はこれで終わりだ。エルマが引き金を引くと、撃ち抜かれた魔女は紫の粒子となって空の向こうへ。
「次に生まれるのは何百年後かなぁ」
「それまでには全滅させる。そうだろう?」
「うん、そうだね」
魔女はあくまで魔力の塊。一度死ぬと、魔力は小さな粒となって空気中に飛散する。そして何十年、何百年かけて魔力が結集し、また新たな魔女となって誕生する。それがこの世界の魔女の仕組みだった。
だから魔女全てを駆逐するのは、本来ならば不可能。そう、本来ならば……。
「エルマ、いるわ」
飛散した魔力の粒子を見届けたアーティーは、ふと表情の色を変えた。彼女が向いた方向は、街の奥。エルマ達が来た方向とは反対側。
「確かこの先には広場があった気がする。その広場の向こうには領主の家もあった筈だわ」
「なるほどな。本命はそこで待ち伏せか……」
エルマはショットガンに新たな弾丸を入れ直すと、息を吐く。あくまで野生の魔女は前哨戦。本番はこれからだ。
「行くぞ、アーティー」
「うん!」
頷くアーティーを見たエルマは、そのまま広場の方へと足を進める。
周辺は物静かだ。恐らく広場にも人の影はないだろう。領主の魔女がいるかもしれない状況で、呑気に広場を利用する馬鹿はいないと思いたい。
広場で待ってくれているのはありがたい。狭い道の真ん中で戦うほうが厄介だ。建物を損傷するかもしれないし、民間人を巻き込んでしまう可能性もある。
もしかしたら魔女もそれを考慮している? 一応は街の被害を拡大させないようにしているのか?
いやそれでも、やっていることは決して許されない。
「あれだ」
広場の景色が見えてきたと同時に、エルマは2つの影を見た。月明かりと僅かな街灯に照らされて、ぼんやりと見える影が。
1人は男。少しばかり横に広い男だった。顔はよく分からないが、恐らく領主に違いない。もう1人は女。長い髪が特徴の、背の高い女だった。領主同様顔はよく分からないが、若い印象があった。
領主とその魔女が出迎えている。野生の魔女をエルマとアーティーが倒したのを察知し、ここで待っていたのだろう。必ずここへ来ると踏み込んだか?
「お、お前達か! 野生の魔女を倒したのは!」
領主の声はところどころ裏返っている。少し怯えているような、焦っているような。無理もない。今まで円滑に進めてきたことが急に狂ったのだ。冷静さを欠いてしまうのも頷ける。
それにしては随分としどろもどろ。これが領主か。とんだ小物だな。
「俺は魔女狩り屋だ。魔女を倒して何が悪い。正式に契約を結んだ上で仕事をした。あぁ、依頼者は個人情報で誰かは明かせないがな」
「野生の魔女を倒すのはこの街の領主である私の仕事だ! 部外者は引っ込んでいろ!」
「魔女狩り屋でもないお前が? 確かにお前は自前の魔女を使って今まで倒してきたそうだが、素人が魔女狩りを迂闊にするものではない」
魔女とは得体も知れない存在だ。生半可な知識と技量だけでは戦えない。魔女狩りを生業にしている者も、年に数人は魔女との戦いで命を落としている。
「……まぁ、お前が自分で用意した魔女だから大丈夫だと豪語するなら話は別だがな」
「……っ!」
領主は狼狽える。エルマから視線を外し、あっちこっちへ目が泳ぐ始末。
あぁなんて分かりやすい。エルマが何も知らないとでも思っていたのだろう。
「自分で撒き散らした野良の魔女を、そこにいる魔女で駆除して、あたかも街を守っているように繕っていたのだろう? 英雄視されたお前は、それを逆手に様々な商売に手を出している。違うか?」
「何故それを!」
「隠し通すの下手すぎない……?」
隣で黙って聞いていたアーティーは思わず声を漏らす。しらばっくれるのかと思ったが、意外と素直に認めた。元々嘘を付くのが下手なのか、エルマに真相を暴かれて焦ってしまったが故か分からないが。
「俺からすれば、お前もその魔女も害悪同然だ。魔女狩り屋として、その魔女を駆除させてもらう」
「な、何!?」
「その魔女の駆除も報酬に含まれているのでな」
ふと魔女の顔を見る。ようやく顔立ちが分かってきた。縁のない眼鏡をかけた若い女性。少しつり上がった瞳の色は、金色。エルマが求めている碧眼ではなかった。
目的の魔女ではなかったか。残念だが、かといって倒さない理由にはならない。
「領主様。お下がりください。ここは私が」
「た、頼むぞピアッディ! 魔女狩り屋なんて倒してしまえ!」
領主の前に立った魔女、ピアッディは右手に持っていた杖をエルマに向けた。その表情は険しく、向けられた目線も鋭い。
あぁ、理性を持った魔女と戦うのはいつぶりか。エルマは口角を上げ、ショットガンを構えた。
「アーティー、補佐を頼んだ」
「任せて。エルマも無茶をしないでね」
アーティーは大きく頷くと、ぐっと拳を握って、領主とピアッディを見据えたのだ。
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