1110人が本棚に入れています
本棚に追加
「すいません。こんな時間まで申し訳ない。」
美鈴は頭を下げた。
働き方改革とかで出来るだけ定時帰宅という通達は聞いていたし、遅くまで残って仕事するのは社長が率いる開発部くらいだった。
たまに営業企画も残業はあるが、これほど遅くなることはない。
「いや、上司は帰っているのに君だけ残業?」
この男性が鷹崎専務だということはすぐに解った。
加奈子から聞いていた容姿そのままだったから。
見たことのないほど整った容姿に縁なし眼鏡。
綺麗に着こなしているスーツもオーダーなんだろうと思うそれを、この時間までキッチリ着こなしている。
「契約書の翻訳だったのですが、大きな契約の書類みたいで明日の朝必要と言われたのですが。」
「どれ?」
表題を見てすぐにわかったのか、頷きながら専務は中身を確認しだした。
真剣な顔で一通り目を通したあと。
「これ僕の所にきた社長の落書きの契約書だね、よく仕上げたね。」
社長が仕様と契約書を作ったが、やり直せと専務が社長に突き返したが結局専務がやり直すことになった契約書だった。
「完璧だね、このまま使えるからありがとう。」
美鈴は純粋にうれしかった。
ありがとうなんて何年振りに言われただろう。
加奈子や大輔君はよくありがとうと言ってくれるが、仕事でありがとうとは
言ってもらった記憶はない。
だからつい笑顔で
「ありがとうございます。こちらこそ勉強になりました。」
ペコっと頭を下げた。
なんなんだ?この可愛い生きものは。
美鈴が残業していると加奈子から連絡があったから様子を見にきたら、馬鹿相
川の適当な契約書を使えるものに仕上げて、翻訳まで。
もう待てない!
今すぐにあの時の「カイト」は自分だと言いたい。
「僕は・・。」
小首をかしげながら見上げる美鈴に言いかけたとき。
「隼人!」
名前を呼んだのは
「相川社長!」
美鈴の声で言いかけた言葉を鷹崎は飲み込んだ。
「ああ美鈴ちゃん、お疲れ~。」
相川は親しそうに美鈴の名前を呼んだ。
「相川社長、またすごい恰好ですね。」
クスクス笑う声も愛らしい。
「ああ加奈子ちゃんに秘書をお願いしている鷹崎専務。先日帰国したばかりで仕事の虫だから他の部署には顔を出さないけど、紹介しておくね。」
怖い人じゃないからねとふざけた事をいう。
「ああ、完徹だったし。ご飯べに行って送ろうか。」
「社長、私は家にご飯ありますし、その恰好はダメですよ。」
ボサボサの頭にスーツもかなり気崩している。
「だよね。隼人~送ってくれる?」
欠伸を噛み殺しながら相川は鷹崎に手を合わせた。
「ああ。ご飯はまたコイツがいない時に行こう。」
「へ?」
「俺も行くよ~。」
「こなくていい。」
そんなやり取りを見ていると幼馴染、親友だとよくわかる。
「美鈴ちゃんあの仕事さ町田チーフの依頼だよね。」
相川は笑顔だけど、目が笑っていない。
「普通に明日その書類何もなかったように渡してくれる?」
「チーフに渡したらいいですか?」
ここで鷹崎や自分が書類を受け取れば、思い通りにいかなかった彼女達は嫌がらせをするだろう。
あの書類をどう言って渡してくるのか明日が楽しみでならない。
「あっ。でも書類をディスクに保管するのはどうかと思うのですが?」
鍵付きの引き出しで十分だと二人が許可してくれたので美鈴はその通りにすることにした。
そして三人は地下駐車場に向かった。
最初のコメントを投稿しよう!