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七つ眼怪人
とりあえずNPCの暴走を止めねば。
こいつは中ボスの屠られた子羊だ。確か神の力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、賛美の名声アイテムをもっている。他人を殺める七本の角を探しそれを彼に与え喜んでいる隙を討てばステージクリア。
報酬は上記の名声だ。総監督・安田隆行は七本すべてを所有する。例えば富の反対、貧すれば鈍するを持っている。逃げたスポンサーを恨んでみた。すると掌に角が召喚された。
少女は驚いたようだったが、暴れる。
「やめろ! もう、やめてくれよ!」
「じゃあ、俺だけ知ってればいいじゃない。大コケした時のリスク?全部被る。案ずるなと言ったろ。金さえありゃクリエーターの命すら買える」
「やめて! やめて!」
角で刺突すると怪人と少女がダブった。あと一息だ。
「もう、いいじゃない。このクソ野郎がっ! この!」
七つ眼の声色が二重になった。女の悲鳴がかぶっている。
「聞こえてないなあ。俺はクソ人間だよ。このっ、ちくしょおおおお」
渾身の力で刺し貫く。
「助けてええええええええええええええええっ!」
屠られた子羊は一目散に退却した。これも設定が違うぞ、と安田は怪しむ。
少女の声がやむ。少女も泣いた。
「なんでいきなり大声?てか、誰?」
鹿嶋香帆はやっと我を取り戻した。
「クソ野郎が!」
安田は這う這うの体で自嘲する。
「はあ?」
「クソ!」
彼は思わず口の中で叫んだ。自分以外には聞こえてないようだった。人垣が彼の無様を笑う。
「ねえ、聞いた?」
ひそひそ笑い。
「だから俺はクソ野郎だって」
「わかってるじゃん」
ヤジが飛ぶ。
「本当に誰なの」
香帆はめくれたスカートを整え正座する。
「俺は、生き残った……」
「なにがそうだよ?。わけわかんない。それより交番はどこ?」
香帆は刑事告訴する気満々だ。拉致られてコスプレ痴漢に襲われた。眼前の男もグルだろう。助けたのはアリバイ作りだ。
「俺はもう、誰も傷つけない。ここで死ぬのも、その前に、あの糞野郎がッ」
安田は逃げていく子羊を指した。
「……もう、なんでそうなるの?ねえ誰か通報して」
懇願するが野次馬は反応しない。「じゃあ逮捕」
仕方なく安田を私人逮捕した。
「俺は、何も知らねえんだ。あの糞野郎に何もかも奪われちまった……」
安田の目線を追うと太陽があるべき場所に土星が燃えていた。異世界だ。
「そんな……」
少女は呆然とこちらを見る。男はもう泣かなかった。そのまま涙を止めることができなかった。
「俺は安田だ。助言をくれた君なら知っているだろう」
一人じゃ何もできない男だという台詞は飲み込んだ。
彼は泣きながら、立ち上がった。
「何の事? 私は死んだの?まだ連載中なのに。泣きたいのは私!」
香帆は、泣きじゃくっている男を扱いかねた。
「なんで泣いてるの?」
「お前が嘘つきだからだよ」
安田は全世界を憎んだ。どいつもこいつも土壇場で裏切る。そして最後に信じた女まで同類だった。
「勝手に疑えば?私は生活する術を探すから」
ラノベ作家だけあって香帆は割り切りが早い。異世界と言えば冒険者組合だ。
簡単なクエストで日銭を稼ぐしかない。
香帆が歩き出していたことに、男は気つき振り返る。群衆にモンスターが紛れている。
「やっぱり危険だ。一緒に逃げよう!」
安田にとって勝手知ったる世界観だ。観衆の一人が香帆の腕を掴む。
「いいよ。勝手に逃げ出せよ。俺たちはここにいる」
その提案に香帆はときめいた。持ちキャラの鷹羽総司だ。安田が気に入って採用した。そのことを香帆は忘れているようだ。
「そうしたら、ここから動けなくなる。このクソ野郎が」
安田は言い返した。
「何を言ってる?」
総司は首をかしげる。
「クソ野郎」
「何?」
「人の作品を何だと思ってやがる」
「何って……。俺のこと?」
「そうだよ。俺だって、そうだ。だが物づくりに燃える男が糞野郎の目の前にいるんだ。何度やり直してもいいじゃないか」
彼は少女を見据えて、もう一度、泣いた。
「いいわけ、ない……」
少女は総司の顔を見て、困ったように微笑む。
「うん、そうだね、ごめん。嫌だったよね」
香帆にとって連戦連勝、無敵のヒーローだ。
「……」
彼は少女の顔を見た。少女の顔はまっすぐで男に嫌な印象を与えることはない。
「それで、俺を呼んだのか?」
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