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「“駅前のスクランブル交差点、赤信号で突っ切ることができたら仲間に入れてあげる”って。あいつ、真に受けちゃってマジ馬鹿としかいいようがないわー!それで赤信号で飛び出して、ほんとにトラックに轢かれるとか」
何言ってるんだ、こいつは。それは、実質殺人と同等ではないか。
唖然としたのは私だけではなく、隣で話していたミコという女性も同じだったようだ。え?え?と呆然と繰り返すばかりになっている。
「な、何言ってんの、サヨリ?ここ、二車線道路だし、車のスピードも速くてすごく危ないんだよ?そんなこと言ったら……」
「だーかーらー!冗談のつもりだったんだって。誰もあいつを本気でグループに入れたいわけないんだもん、そうでも言えばビビって諦めると思ったわけー。それなのに本気にしちゃってさ、赤信号で飛び出してトラックに撥ねられるとかねー。まあ、私としてはウザい女がいなくなって清々したんだけど。トラックの運ちゃんにはちょっと同情したけどさー」
「そ、そうなんだ……」
「そうそう。だからね、悪霊とかなんとかいるわけないのよ。いるなら、私が呪われてないはずないでしょー?」
あはははは、と明るい声で彼女は嗤う、嗤う、嗤う。
「ねー、ナツメちゃーん?いるなら出てきてくだちゃーい?私はここにいまでちゅよー?……なーんてね」
ああ、そうか。私はようやく、全てを思い出した。
人間とは、救いようのないクズばかりだと。人を傷つけることに、貶めることに、そして命を奪うことすら罪悪感を持たない連中が、のうのうとのさばっていたのだという事実を。
――だから私は……此処にいたんだ。
全部、思い出していた。
「ひっ!?」
ミコの方が唐突に肩を跳ねさせ、あたりをきょろきょろさせる。まったく無関係であろう彼女の方を怯えさせてしまうのは少々気の毒だが、今回ばかりは仕方ない。
理解してしまった以上、私も許すことなどできないのだから。
――ねえ、井口早依。
私の名前は、土方夏芽。
とっくに死んでいたからこそ、毎日この場所に居続けた――学校にも会社にも行くことなく。何もかも忘れて、それさえも疑問に思うことはなかったけれど。
思い出さなければ私はそのうち、何事もなく成仏することができたのかもしれない。でも、人は真実を、知ってしまう前の自分に戻ることはできないのだ。たとえそれが、幽霊であったとしても。
――あんたはいつ、後ろにいる私に気づいて振り返るのかな。
振り返らないなら、それでもいい。
どっちみち今この瞬間、彼女の末路は決定したも同然なのだから。
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