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だめだ、腹が減って頭がフラフラする。
もう何日も食べていない。
彼はイサキという魚だった。
日本の沖合に生息しており、オリーブオイルを塗ったような褐色の身体が特長だ。
イサキの彼は何日も食べ物にありつけず、海をあてもなく泳いでいた。
そんなイサキの前に小さなイカの切れ端が漂っていた。
イカはイサキの大好物だ。
イサキは勢いよくイカを口の中に放り込んだ。
イサキがイカを口に入れるのと同時に針が口の中に引っかかった。
そのままイサキは船の上に引き揚げられた。
「なかなか上等なイサキね」
その言葉を聞いてすぐにイサキは意識を失った。
イサキが目を覚ますと、そこは水槽の中だった。
水槽の中にはイサキ一匹しかいないようだ。
そして水槽の向こう側には、一人の人間がこっちを見ていた。
「やっと目を覚ましたわね、今エサをあげるわね」
上からイサキの大好物のイカの切り身が降って来た。
イサキは必死にそれを口に入れた。
元気になったイサキは気持ち良さそうに水槽の中を泳ぎまくった。
「とても元気になったわね、安心したわ」
イサキは人間のことを観察した。
人間は顔の美しい女だった。白い肌に茶色がかった長い髪、黒いワンピースという出で立ちだ。
女はソファに座り読書していた。時々こっちを見ては、笑顔を見せた。
女はイサキを大事に育てた。きちんと一日に2回食べ物を与えた。
水の状態を清潔に保ち、海水の塩分濃度を自然のものと同じに調整した。
水槽もとても大きいものだった。イサキが狭いと感じることは一切なかった。
イサキはこの生活に満足した。ときどき女と目が合った。
女はいつもイサキに微笑みかけ、イサキは元気な泳ぎを披露した。
そんなある日、女の部屋に男が訪ねて来た。
男と女はすぐに言い争いを始めた。
男は女に手をあげ、女は頬を抑えながら涙を流していた。
イサキはその一部始終を見ていた。
イサキの中に男が憎いという気持ちと女を守りたいという気持ちが涌き起こっていた。
それはイサキの女に対する愛だった。
女との共同生活の中で、イサキの中で女への愛情が芽生えていた。
女の笑顔をあの男から守りたいと、心の底から願っていた。
男が訪ねて来た夜に、イサキは女の夢に出ることにした。
「こんばんは、イサキです。勝手に夢に出て来てごめんなさい。男の人に泣かされてたみたいですけど、大丈夫ですか?僕に出来ることがあったら、何でも言ってください。あなたの力になりたいんです。」
「あなたは小さな魚じゃない。あなたに何ができるの?」
イサキは考えた。僕に何ができるだろう。
でも、どう考えたって方法は1つしかないと思った。
「僕を料理して、あの男に食べさせてください。僕は命をかけて、あなたを守ります。」
イサキの言葉に、女は笑顔になった。
女の笑顔にイサキは嬉しくなった。
女は男に手料理をふるまった。その中にイサキの塩焼きがあった。
イサキの塩焼きは男の大好物だった。
男はそれを口の中に入れた。
イサキは最後の力を振り絞って、自分の骨を男のノドに刺した。
男はそのまま倒れ、そのまま亡くなった。
イサキは自分の命と引き換えに、女を男から守ったのだ。
男は鍛冶屋を営んでいた。
その鍛冶屋がイサキの骨がノドに刺さり死んだ。
このことはイサキに関する有名な話になった。
この話から、イサキには『鍛冶屋殺し』という別名がつけられるようになった。
鍛冶屋殺しの骨は非常に硬い。
どうかお気をつけて。
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