鈍足の勝者

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 百メートルを九秒台で駆け抜ける。  オリンピックという最高峰の舞台、超人たちが疾走する姿をテレビの前で手に汗を握りながら見守る世界中の人々。  走るという至極単純な行為が人を熱狂させる。興奮を呼ぶ。  野球でもサッカーでも、各選手の脚力が勝敗に大きく関わってくる。  スポーツの基本は「走り」だ。  僕の学生時代を思い出してみると、体育の授業が一番苦痛だった。  とくに百メートル走には、未だに忘れられない苦い記憶がある。  中学三年のとき、僕のタイムは十九秒台で、これは女子を含めた三年生全員の中で最悪の記録となった。  ストップウォッチの表示を何度も確かめている体育教師の顔は、地球外生命体でも目撃したみたいだ。 「鹿島。オレも教師になって十五年になる。運動オンチの生徒もたくさん見てきたよ。けどな、こんなタイムは珍しい」  以降しばらく、この不名誉極まる記録は、学校中で話題の中心の一つとなった。  牛歩の鹿島……なんていうあだ名をつけられたし、廊下を歩けば明らかに笑いをこらえている奴も見かける。
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