画面の向こう側 5

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画面の向こう側 5

 初戦を辛うじてものにした明峰高校が、喜びを分かち合う。  そんなダイヤモンドの様子を映すカメラの中に、北斗の元へ向かう選手がいた。  背番号1、関だ。  怪我さえなければ、先発投手として甲子園のマウンドに立っていただろう。  ベンチから見守るかしなかった胸中は、どんなものだったのか。  その関が、北斗をピッチャーに仕立て上げた一番の黒幕だなんて思いつくはずもなく、同情的な気分でざわつくグラウンドの風景を見つめていると、アングルがどんどん広角になり球場全体にまで広がった。  もうすっかり日は沈み、残照もなくなった甲子園のグラウンド。  ホームベースを中心に、試合を終えた選手達三十六名が次々並んでいく。  泥で真っ黒になったユニフォーム。  それは、全力を尽くし精一杯戦い抜いたあいつらの、輝ける勲章だ。  親はその汚れに、成長した子供の姿を見るに違いない。  数日前、北斗のユニフォームに愛しさを感じた俺と同じに。  先に整列を終えた西城の前に、明峰の選手達が興奮覚めやらぬといった体で嬉々として並び始める。  対する西城は十分健闘しただろうに、どことなく控え目に見える。  明峰の選手達が全員揃うのを待ち、主審の手が勝者に上がった。  スタンドからの割れんばかりの盛大な拍手を背に、両校が帽子を取って頭を下げる。  同時に、試合終了のサイレンが響いた。  短い試合観戦。  白熱していたゲームの余韻に浸り、観客席に座っている気分で画面を眺めていたら、きびすを返しかけた西城ナインに明峰の選手達が歩み寄り手を差し伸べてきた。  試合慣れした常勝校の選手達の姿は圧巻で、こんな高校を相手に対等に戦ったというのが不思議にさえ思える。  互いの健闘を讃え合う両校の中、カメラは当然のごとく門倉さんの一挙一動を追う。  その前には、偶然にも北斗がいた。  門倉さんも他の選手同様握手を求め、北斗に何か話しかけた。 「おお!? 中々いいシーンじゃね?」  とは安達先輩のコメントだ。けど、はっきり言って嬉しくない。  これ以上……っていうか、プレー以外で目立って欲しくない。  それなのに、門倉さんを見返した北斗の表情が虚を衝かれた様な無防備なものになり、カメラは当然の如くそんな二人の一部始終を映し続けた。  目の前に差し出された門倉さんの大きな手。  それを北斗が、明らかに握力の落ちた右手でだるそうに、それでも精一杯握り返し、何か言葉を返す。  次の瞬間、門倉さんが北斗の肩に左腕を回し、身体を思い切り抱き締めた! 『抜群の安定感を見せた明峰の門倉君が、善戦した西城の成瀬君と、健闘を讃えあっています』    すぐに腕を離し、相槌を打つように大きく頷くと、校歌斉唱の為ホームベースに歩いていく。  その顔がアップになり、満足そうな表情を見て、思わず暗い溜息が零れた。  今大会ナンバー1投手にまで、こんな顔をさせるなんて……。  西城の宝だった北斗は、これで完璧に全国の注目を浴びるだろう。  試合中の想いとはまた別に、プライベートを共にする俺としては、まさに『心ちぢに乱れる』、と言いたい心境だ。   『笑顔を見せて室生君の隣に並ぶ門倉君、高校球界ナンバー1投手の実力は、今年も健在です。大会二連覇に向け好スタートを切った明峰高校、この夏も甲子園を沸かせてくれるでしょう』 「門倉の奴、わざと北斗の前に行ったな」  楽しげな相模主将の独り言に、思わず耳を疑った。 「相模もそう見たんだ?」  同じ事を考えていたらしい辻先輩が、面白そうに聞き返す。 「そりゃそうだろ。あれだけ露骨に態度に出されたら、誰でも気付くさ」 「北斗の実力はあの大物にも一目置かれた、ってこと?」 「まあそうだろうな。ただし、投手としてではないだろうけど」 「え、それってどういう意味ですか?」  再三見せた好守備も含め、自分と同じポジションを守り抜いた、それを評価しての抱擁だと思っていた俺は、相模主将の意外な一言に思わず聞き返した。    相模さんは冷静沈着で頭の切れる人だ。どちらかというと控えめなタイプだけど、俺が部内で窮地に陥った時、同じ三年生から疎んじられたにも関らず、ためらいもせず俺を擁護してくれた。  その好意に答えられずにいた俺を、別の方法で鮮やかに救ってくれた大切な恩人。  あの出来事を境に、白井先輩同様、相模主将を見る目は俺の中で確かに変わっていた。 「自分達が卒業した後、来期活躍しそうなピッチャーは加納、…相原も一年ながら十分その可能性はあるだろう。けどピッチャーの立場で言えば、いいバッターの方にもっと興味が湧くんじゃないか?」 「それって……」 「いい球を投げる投手以上に、いいバッターを見つけた時の方が嬉しいってか?」  言い淀んだ俺の代わりに白井先輩が聞き返した。 「投げ合いも一興だが、直接対峙するのは投手じゃない、打者に対してだからな」 「そうか、…そうですよね」  相槌を打って、また落ち込む。  なら、北斗はやっぱり門倉さんに認められたんだ、敵として。  甲子園で再びまみえる事はないにしても、門倉さんがプロに行くなら……待つはずだ。  同じグラウンドで、もう一度戦える日を。  未来へ想いを馳せている間に明峰高校の校歌斉唱が終り、応援してくれたライトスタンドの下に一斉に駆け出した。  喜々として走って行く様は躍動感に溢れていて、勝利への喜びを身体中で表している。  そんな彼らを見ていると、何故かこっちまで嬉しくなってくるから不思議だ。  初めは恐らく西城を格下に見ていただろうし、それを責める者は誰もいないはずだ。  優勝候補対、代理の出場校。勝って当然の相手だった。  それが――結果だけ見れば十回延長の末、十対九の辛勝。  明峰にとっても思いがけない厳しい戦いだったと思う。  焦りや不安、初戦敗退への恐怖。  回が進むにつれ大きくなるプレッシャーに、潰されかけていたかもしれない。  だからこその笑顔、喜びなんだ。    どんな相手だろうと互いに全力で戦う。その事に意義がある。  それはプロじゃない俺達の、期間限定の特権。  無茶だろうが間違っていようが、ただひたすらに精一杯、持てる力をぶつけて挑む。  そうして手に入れた勝利、それに対する喜びを表に出すのは、もしかしたら自分達だけでなく、相手をも尊重する事になるんだろうか。  今思えば、剣道のインハイ県予選の時、藤木さんが俺を諌めたのは、そういった意味も含まれていたのかも。 『そんな辛そうな顔してたら、応援に来てくれてる西城の生徒にはもちろん、真剣に戦った俺に対しても失礼だよ』    ……ああ、そうか。  きっとそうだったんだ。  その事にようやく気付き、自然に笑みが零れた。  初戦だろうと決勝戦だろうと同じ。  相手に礼を尽くし、真剣に勝負する。  団体競技でなく個人競技だからこそ、より一層大切な事。    やっぱり敵わない。  試合には勝っても全然勝った気がしないのは、そんなところが負けているとわかっているから。    あの人達に追いつきたい。  藤木のいとこであり、全国でもトップクラスの剣技を持つ藤木さん。  見た目通りとんでもなく強く、それでいて懐の深い大河内さん。  無謀にも、俺に今後の高校剣道界を頼んでいった芦屋さん。  そして、格下と評価されていただろう相手校をあっさり認め、あの場所で北斗を抱擁した門倉さん。  この夏出会い、敵として戦った先輩達。  みんなそれぞれタイプは違っても、人間的には最高の人達だった。  そう、あの相馬君の父親とは、正反対の――正の気質。  明峰の挨拶が早々と終わり、続いて映された映像には、レフトスタンドに整列を始める選手、一人ひとりが取り上げられていた。 『優勝候補の筆頭に挙げられていた明峰高校と、全く互角に戦った西城高校。 キャプテン結城君の目に、今 初めて涙が見えます』  その途端、なんでか俺まで目頭が熱くなって、堪えようと唇をきつく噛み締めた。  善戦したナインをゆっくり追うカメラ。それに合わせてアナウンサーの短いコメントが添えられた。 『素晴らしいパス回しの最後はいつもここでした。ファーストをしっかり守った柴田君』 「おお~」  三年生の感嘆の声と、拍手が起こる。 『苦しい投手陣を最後までリードし続けたキャッチャー、山崎君はまだ二年生』  やっぱり甲子園は聖地かもしれない。あの山崎がものすごく男前に見える。   『セカンド松谷君は、攻守共に強気の攻めで、西城を引っ張っていきました』 「う~ん、この子も捨てがたいんだよねー」  何の話やら、白衣の先生のコメントが、みんなの失笑を誘った。 『ライト、バント巧者の渡辺君は、あどけなさの残る一年生』 「可愛いよなあ、相変わらず」 「身長が、だろ。本人には言うなよ、気にしてんだから」  小、中と同じだったのか、よく知ってるらしい安達先輩と相模主将が、からかいながらも小柄な渡辺の活躍に目を細める。 『強肩のセンター、久住君も一年生ですが、大物スラッガーの片鱗を見せてくれました』  その存在感は、一年の中でも抜きん出ている。  来年、どれほどの活躍をするのか、計り知れない。 『好守備が光ったレフトの高木君は、九回の土壇場で同点に追いついた立役者です』 「よくやった高木! 兄貴の面子、保てたぞ」  三年生の活躍には、先輩達から賑やかな声が掛かる。 『途中降板はあったものの、ピンチでも動じる事なく投げ続けた田島君』  何とも欲のなさそうな田島だけど、実は北斗の信頼は厚いって事、俺は知っている。 『ピンチでショートの守備に就いた迫田君も、よく守りました』 「一人でさっさと夢叶えてんじゃねえよ」  嫌味な口調は白井先輩。だけど見つめる目は自分の事のように嬉しそうだ。 『怪我をおして六回を投げ抜いた相原君。その投球は来年の高校野球を大いに盛り上げてくれるでしょう』  凄いよ、駿。  西城に呼んだ事、間違いじゃなかったって思ってもいいよな? 『そして、西城の最大のピンチを乗り切り、最後まで明峰を苦しめた成瀬君は、恐らく今日、この試合を見た人の心の中に、その存在を誰よりも強く刻んだに違いありません』  …………。  ごめん、凄すぎて言葉にならないよ、北斗。 『まさしく、記録よりも記憶に残る、素晴らしい選手達でした』  画面越しに北斗の顔を見ただけで、想いが堰を切って溢れ出しそうで。  そんな俺の耳に、スンッと、小さく啜り上げる音が届いた。  これは、ついさっきも聞いたような……。 「みんな、よくやったよね」  顔を向けたら、辻先輩が涙の浮かんだ瞳で柔らかく微笑んでいた。 「なんか結城の涙見たら、貰い泣きしてしまった」  そう言って、恥ずかしげに目元を拭い頬を染める。  俺の為に流した涙と、結城先輩の為に零れた涙。  意味合いは全く違う。  俺へのそれは、付けられた傷への怒りと悲しみ。  今のは結城先輩達、野球部員に対する深い感動、だと思う。  だけど、どちらにも辻先輩の優しさが詰まっている。  試合に負けた事への悔しさや、残念に思う気持ちはない。  甲子園に行けなかった淋しさはあるけど、もうすぐ彼ら……北斗に会える喜びが胸一杯に広がって、どちらかと言えば後ろめたさを感じてしまう。  だって相模主将や辻先輩達、三年生は、最初で最後の試合観戦になる可能性の方が圧倒的に高かったのに、それをふいにしてまでこんな遠くの試合会場に来てくれた。 『僕らには甲子園よりも広島の方が、価値があるって事』  辻先輩はそう言ってくれたけど、こんないい試合を生で見れるチャンス、みすみす逃したなんて申し訳なさすぎる。  それなのに、肝心の俺がこんなんじゃ駄目だろ!  先輩の言葉を象徴するかの如く、カメラがこれで見納めになる西城のレギュラーを惜しむように、挨拶を終えた選手達の後を追う。  観客の声援に思い思いに応え、ベンチに引き上げる仲間達。  そんな中、少し遅れて北斗がスタンドに顔を向けた?  と、手にしていた野球帽を暮れかかった空に高く掲げ、客席に大きく振って見せた!  びっくりして、目を瞠った。  同時に、アナウンサーの明るい実況が流れた。 『――ああ、最後の最後にようやく笑顔を見せてくれました、西城高校の成瀬君です』  その声を聞きつつ、呆然と画面を見つめた。  だって、県大会の時はにこりともしなかった。  わざと客席に背を向け続けていたのに。  その理由をあの時藤木から簡単に聞き、ついさっき安達先輩の口から詳しく聞かされて、無理もないと納得したばかりだ。  それなのに、あいつはまた一歩、俺の想像の先を行く。  ほんとに……留まる事をしない前向きな奴。  誰がスランプだって?  甲子園のマウンドでスランプを克服する奴なんか、普通いないだろ。  そこは自分の守備位置じゃないって事、ちゃんと自覚してるのか?  しかも!   疲労の極致にいるくせに、俺のいないスタンドに向かってそんな笑顔振りまくな!  ……なんて、思わないでもない。  だけどスランプに陥っていたのは事実だった。  なら、ままならなかったはずのこの試合の中で、彼も何か得るものがあったんだ。  一体、あいつの中でどんな心境の変化が起きたのか。  これは帰ってからきっちり問い詰めないと、俺の気が済まない。  恐らく二年ぶりの試合後の北斗の笑顔に、レフトスタンドが再び騒然となる。 『本当に、成瀬君にとっては思いもしない、試練のスタジアムになってしまいました』 『ええ。ですが、彼には不本意でも、そのプレーや表情に魅せられた人は、大勢いると思いますよ』 『来年の楽しみが、また一つ増えましたね』 『それはそうですが、彼の県には加納君がいますからね』 『ああっ!! そうでしたっ! これは痛い!』 『そんな事ないですよ。加納君がいたから、成瀬君のプレーがより磨かれた。その逆も然り、そうやって成長してきたんでしょう』 『では、「永遠のライバル」、という感じでしょうか?』 『恐らくそうなるでしょう、と言うのは私個人の見解ですが、あの二人の対決はぜひ見に行きたいですね』 『同感です。あ、仕事は抜きで』 『ハハ、いいですねえ、正直で』  激戦が終わった息抜きなのか、そんな他愛無い話で盛り上がる解説者達。  噂されてるなどとは思いもしないんだろう、当の北斗が爽やかすぎる笑顔を残し、振っていた帽子を被り直して仲間の後を追う。  その姿をカメラが映し続けるから、最後まで西城高校の選手達の様子が見えた。  試合が終わりようやくマウンドを下りたというのに、ベンチ前で山崎にグラブを押し付けられ、顔をしかめた北斗がしぶしぶといった体で、クールダウンの為のキャッチボールを始める。 「ハハ、正直な奴。うんざりって顔で投げてやがる」  軽く笑った安達先輩の後に、 「山崎がやりたかっただけじゃねえのか?」  白井先輩が思わず納得のコメントを付け足して、みんなの笑顔がはじけた。  即席バッテリーが投げ合う距離を詰め、北斗からのパスを山崎がキャッチして終わる。  近付いた距離をもう一歩詰めた山崎が、相棒の肩口に顔を伏せ、その頭を北斗がポンポンと叩いた。  ほんの数秒の何気ないシーン。  だけど、山崎には何年間もの想いが凝縮された……北斗にとっても特別な意味を持つ数秒だったに違いない。  それを見ただけで、胸の奥に込み上げるものがあった。  ……俺も、やばい。  そう思い、違う事に意識を向けようとした時、校医の先生の「あら?」という声が聞こえた。 「みんな甲子園の土、持って帰んないの?」  画面の中、バッテリーの後ろでは西城の選手達が帰り支度に追われている。  いつもなら負けたチームは球場の土を袋に詰め始める。それなのに誰もそれをしていない。  アナウンサーも、野球道具を片付けて早々に帰りかける西城の選手に違和感を感じたらしく、同じ事に気付き、マイク越しに疑問を口にした。 『おや? 西城高校の選手達が早くも帰途につきます』 『どうしたんでしょう、一人も土を持ち帰っていませんね』  グラウンドの端を名残惜しむようにゆっくり歩く選手達。  山崎と北斗もすでに合流している。 「ああ、…みたいですね。でも、あいつららしいかも」 「そうなの?」 「ええ。『西城は実力で甲子園に行くわけじゃない』と、キャプテン自ら言ってましたから。彼らなりのけじめなんじゃないですか?」  相模主将がそれほど驚きもせず、結城キャプテンの気持ちを代弁する。  ただし、県内の事情を知らない先生はもっと妙な顔になった。 「え、なんで?」 「本当なら和泉高校が行くはずだったんですけどね。ピッチャーが肩壊して、たまたま二位の西城にその権利が与えられたんです。だから――」 「ふーん、そんな事考えるんだ、近頃の子って」  先生が目を遣った先では、室生さんと門倉さんを中心とした明峰の選手達に画面が替わっていた。 「何寝ぼけた事言ってやがる。あいつらのは見せかけ、もっと腹黒い事狙ってんだよ」  校医の先生が絡んでるせいか、白井先輩がぶっきらぼうな口調で相模主将の好意的解釈を無効にするような事を言った。 「ふん?」 「来年、実力で出場権をもぎ取る意思表示だろ」  確かに、有り得そうな野球部の決意。  だけど、それはどちらかというと…… 「まあ、その想いも確かにあるだろうけど、どっちにしてもそれは後輩の気持ちだ。結城達には叶わない。だから奴らには裏も表もない。純粋に和泉の加納の事を考えての結論だと思うけどな」 「ま、そういう事にしといてやってもいいさ。自分達の望みより、でかい宿題を後輩に残すなんて馬鹿な真似、あいつらしか思いつかないだろうからな」 「『でかい宿題』? ってなに?」  聞きたかった事を代わりに聞いた先生をちらっと見て、白井先輩が鼻先で笑った。 「来年、実力で甲子園の土を持って帰れ、って事っすよ」 「それかあれだな。『土より優勝旗だ!』ってな事、言ってそうじゃね?」  安達先輩がもっと大胆な事を言い出して、会議室はまた騒然となった。  先に退場する明峰の選手達が、ライト側、すぐ傍にある出口に駆け足で向かい、近くのスタンドからまた拍手が起きる。  この後もまだここで試合できる選手達はグラウンドへ頭を下げ、今日以上の活躍を誓い試合場を後にする。  最後の一人の姿が消え、次いで同じ場所に、係員に先導された西城高校の選手、監督、コーチ、部長が一列に並んだ。 「礼ッ!」  結城キャプテンの号令が響き、全員が一斉に帽子を取って深々と頭を下げた。  まだ会場に残る多くの野球ファンから、温かく大きな拍手が起こる。  片付けを始めていた西城高校のブラスバンドと吹奏楽のメンバーが、楽器の鳴らせる者だけで野球部の健闘を讃え、短いフレーズを奏でた。  甲子園の激闘とは対照的に、涼やかなメロディーが夕焼けの空に澄んだ音色を響かせる。    それは、歌う事なく終わった西城高校の校歌。  早朝、昼休み、放課後、敷地内でひっきりなしに聞こえていた、この大会用にアレンジした(もの)だった。 『――何と言いますか、本当に最後まで爽やかな西城の生徒達です』 『同感です。立場上こういう事を言うのは何なんですが、これで見納めになるのが正直残念な気がしますよ』  引き上げる選手達の一人ひとりの横顔が映り、そして――初勝利を上げた明峰高校監督のインタビューへと移った。  この夏、西城の野球部員が、画面の向こう側で、再び活躍する姿を見る事はできない。  代わりに―――  西城高校のメイングラウンドに、元気な掛け声が響く。  代替わりした、新生西城高校野球部として。    お疲れ、北斗。  今夜は、きっとぐっすり眠れるよな。  俺も、さすがに疲れたよ。  明日、久しぶりの高校で会おう。
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