終章 ~ 宣戦布告 ~ 

2/2
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「『西城高校野球部のみなさん、今回は俺のせいで多大な迷惑をかけてすみませんでした。  急な代表出場にも係わらず、優勝候補の一角、明峰高校を相手に互角の戦い、最後までしっかり見ました』」   「おお~っ!」  と、会場とステージが歓喜に沸く。  収まるのを待って、続きを口にした。 「『そして、感動しました。西城が代表で本当によかった』」  そう言って、ステージに座る野球部の面々を見渡した。  加納君の言葉には、他の誰にも及ばない重みがある。  一目置かれる存在、その人からのメッセージ、しかも褒め言葉とあってみんな嬉しさは隠せない。  それに気付きながら、その先を想い、少しだけ心が――痛んだ。  意を決し、加納君の言葉の一言一句、違える事なく伝えられるよう、携帯越しの声を思い返した。 「――『と、ここまでが建前、こっから本音な』」  急に砕けた物言いに、野球部の面々が何事かと瞠目する。  山崎達、仲のいい連中は尚更だ。  それも当然だろう、こんな話し方、俺も初めてだ。  それには構わず、加納君の残した言付けを、彼の口調を真似て言い放った。 「『初戦敗退とは、いい度胸してんじゃねえか。  せっかく和泉高校野球部員総出で応援してやったのに、張り合いねえ奴らだぜ。  まあいい。来年は俺達が当然の権利で出場して、初めての優勝旗、持って帰ってやるよ。  そん時は、西城が俺達の長い夏に付き合ってくれよな。期待してるぜ。  じゃあな。  来年の夏、グラウンドで会おうぜ。  それまで、負けんなよ』」 「――以上、です」  言い終えた後の、しんと静まった会場の静寂が恐い。  これは、相当ショックを受けてる?  そう思い、目の前に座る同級生の様子を窺うと、俯いた山崎の肩が小刻みに震えている。  やっぱりきつかった?  自分流の言い方で、優しく言った方がよかったか。 『もう少し、まろやかな日本語、使えないわけ?』  あれは玉竜旗大会の最中、辻先輩が、俺を責めた白井先輩に向けて言った、柔らかな牽制。  あの辻先輩の優しい物言いの欠片でもいい、今すぐ欲しい。  そう思い、後悔しかけた俺の目の前で、いきなり大爆笑が起きた。  大笑いされるのは北斗で慣れてるつもりだった俺も、さすがに三十六人、監督も含めて三十七人に笑われると、ちょっと怯む。  それに、何がそんなに可笑しいのか、理解に苦しむ。  ここは加納君に対して怒るか、さもなくば落ち込むのが一般の反応だろう?  そう思いつつ目の前の連中を見ると―― 「あ~、もう駄目、我慢できねえ、吉野が……」  身を捩りながらの山崎の台詞に、首を傾げた。 「――え、俺が? 何?」 「吉野が、『グラウンドで会おうぜ』、だって」  息も切れ切れ言われても、さっぱりわけがわからない。 「はあ、それが? なにか変か?」 「変なんてモンじゃないっ。『張り合いねえ奴らだぜ』だの、『してんじゃねえか』だの、可笑しすぎて真面目に聞けねえッ」  合わせたように会場からも笑いが起こり、頬が一気に紅潮した。 「ひどッ、何それ! せっかく加納君の言葉をそのまま伝えてやったのに、そういう反応するわけ!?」 「普通に言ってくれ。でないと野球する度思い出して……練習になんねえ」  言うと同時にまた笑い出す。  遠慮も気遣いもない山崎の態度に、真剣に腹が立ってきた。 「もういい! お前らなんか知るかっ!」  ブーイングさながら、親指を床に向けて言い放つ。「来年は、ここで寂しく加納君の応援してろ!」 「こらこら、こんなとこで言い合いするな」  見かねた小野寺会長が、エスカレートしていきそうな俺達の仲裁役を買って出た。 「ったく、呆れるほど短気な奴だなぁ。短気は損気って昔から言うだろ」  その台詞は、紛れもなく俺に向けられている!?  そんなバカなッ!!   この場合悪いのは俺じゃなくて、この失礼な奴らだろッ!  反抗の意思もありありと会長をじろっと睨み付けると、さすがに俺の憤りを察した会長が、俺から顔を背けるようにステージ上の面々を見渡した。 「和泉の加納からの挑戦状が、思いがけない形で手渡されたな。もちろん受けて立つだろ? 結城」 「当然」  童顔ながらも三年の貫禄を見せ、鷹揚に頷いた結城キャプテンが、すっくと立って振り向き、一緒に戦ってきた仲間を見遣った。 「自分の手でリベンジできないのが残念だけど、仕方ない。後は任せたぜ、山崎」  そう言いつつ、マイクを山崎に渡す。  うっかり受け取った山崎が、戸惑いも露わにマイクとキャプテンを忙しなく見た。 「へ? 何で俺?」 「キャッチャーは守備の要だ。それを売りにしている西城だ。お前に野球部の未来を託すのは当然だろ。それに、相原の成長もお前しだいだ」  キャプテンに駿の事を持ち出され、山崎への怒気が一気にしぼんだ。  そうだった。駿がどんなピッチャーに成長していくかは、この山崎に掛かってる。  そう気付き、さっきまでとは違う思いで彼に目を遣ると、ここに居合わせたみんな、似たような思いに囚われたらしく、今度は期待に満ちた眼差しが一斉に山崎に向けられる。  途端に、山崎の顔が赤く染まった。 「キャプテン! こんなとこでそんな事言わないで下さいよ。変に注目浴びるじゃないすか」 「たった一人で全国に挑んだ吉野が、熱い決意を語ったんだ。三十八人も仲間のいる俺達が何も誓えないんじゃ、情けないだろう?」 「けどっ! その役目は……」  言いかけた山崎の言葉が、結城キャプテンの視線に止められた?  何を言おうとしたのかわからない。  けど、大きく息を吐き出した山崎から、動揺の色が消えた。 「面白い伝言サンキュ、吉野」  物怖じもせずマイクを前にした山崎が、そんな風に切り出した。 「加納の待つグラウンド、上等じゃねえか。今年の俺達の実力が本物だったと、来年こそ自力で甲子園出場権をもぎ取って全国に見せ付けてやる。いいな、お前ら! 和泉に当たるまで、一気に駆け上がるぜッ!!」  マイクなんか必要ないだろう、と言いたくなるくらいの声量で山崎が喚く。  呼応して、後ろに座る同級生と後輩達が思い思いに返事を返した。  ステージの上があっという間に熱気を帯びたグラウンドに変わり、最高の盛り上がりを見せる。  それを受けた小野寺会長が、感心半分ほっと息を吐いた。 「さすが山崎、お前に任せておけば沈む事はまずないな」 「っす。褒め言葉っすよね?」 「当然だろ」  明るく答え、今度は俺に近付いた。 「吉野もありがとう」  言いながら右手が差し出される。強く握り返したら、会長がふっと目を細めた。 「吉野にとっては、楽しみにしていた甲子園での観戦も叶わず、辛い結果になってしまったが、戦ってきた三日間は、野球部にとって大きな追い風になったはずだ。だからこその好ゲームだったと、俺は思っている」  目の前の野球部員から、思いがけない盛大な拍手が起こり、それはあっという間に体育館一杯に広がった。  胸の中が、熱い何かで埋め尽くされる。  二日目の最終戦、芦屋さんとのベスト8を掛けた戦い。  あの時、諦めなくてよかった。  勝てて――よかった。  自分の積み重ねてきた一戦一戦は、確かに野球部の力になっていたと、信じる事ができた。  そして、そんな風に言ってくれた会長に、感謝の気持ちが溢れた。 「ありがとう…ございます、会長」  言いながら、ちょっとだけ涙ぐんでしまった。  恥ずかしくて、すぐに手の甲で浮かんだ涙を擦って誤魔化した。   「――来年こそ、自力で甲子園出場を目指すと、たった今山崎が誓ったが、おそらくは試合に参加した県内全ての高校が同じ事を誓い、すでに来年に向けて始動しているだろう」     僅かに間を空けた会長が、その間に何を思ったのか、俺にはわからない。  だけど続けられた言葉は、これまでになく熱いものだった。 「今の誓いが『有言実行』になるよう、ここにいる皆が強く願っている」  再び鳴り止まない拍手の中、会長の声が響く。 「来年は、野球部が吉野に恩返しする番だ」  そんな事を言われるとは思いもせず、目を瞬いて会長を見返すと、にっこりと最高の笑顔を見せた会長が、俺の肩を労わるように右腕を回し、一歩前に連れ出した。 「こいつを、甲子園に招待してやれ。あの素晴らしく清々しいスタジアムに」 「え、……」  言葉もなく立ち竦む俺の正面で、 「ッしゃーッ、俄然燃えてきた~ッ!!」  マイクもなしに叫んだ山崎の、やる気に満ち満ちた様子に、呆れ半分突っ立った。 「来年は吉野をアルプススタンドに連れてくぜッ! 敦、克実、他の一年も、気合入れてけよッ!」 「オーッ!!」  元気な声がステージ後方から起こり、会場からもやんやの拍手が。  しかし――  盛り上がるところ…というか、目的が違うだろ? という気分で、目の前の光景を呆然と見遣った。  俺なんかの為に、そんなに熱く張り切らないで欲しい。  確かに、甲子園には行きたい。  けど、ここはやっぱり自分の彼女を連れて行くのが最優先事項だろう。  そう考え、未だ独り身の山崎を想い、これまでになく同情した。  このままだと山崎の精神が病んでしまう。  早く彼女を作って、その子の為に頑張るよう軌道修正してやらないと。 「盛大な拍手、ありがとうございます」  巧みな(?)誘導によって、野球部に歪んだ目標を植え付けた張本人の会長が、その証人となった会場の人々に、深く頭を下げた。 「皆さんの温かい激励を胸に、来年に向け一層努力する事を約束して、この会を閉会したいと思います。皆さん、ここに立つ西城高生に今一度、温かい拍手をお願いします」    言葉通り、何度目かの大きな拍手が起こる。  ステージの先端ぎりぎりまで会長が前に出たのを合図に、緞帳が下がり始めた。 「名残は尽きませんが、これをもちまして剣道部、野球部合同慰労会を閉会したいと思います」  ここまでするか、という気分で見上げていると、閉会の挨拶をする会長だけ残し、ステージが隠れる。  緞帳の裾が床に着く直前、千藤監督に手を引かれた。 「吉野、ここはもういい、すぐ病院に行け。丸山先生が連れて行ってくれる。ホールの外で待っておられる」  そう言われ、こくんと頷いて、目の前の同級生――山崎を見た。  このステージの上、俺と北斗の仲を知る唯一の人間。 「山崎、じゃあ俺行くな。…二人が戻ったら、よろしく伝えて」  一瞬ためらい、それだけ告げて駆け出した。    山崎はわかってくれる。  軽く上がった右手――  俺が床に向けた親指を、山崎は天井に向けてニッと笑う。  その瞳は「任せとけ」と、力強く請け負っていた。 『本日はどうもありがとうございました。  お帰りの際は―――  ………… 』    会長の、マイク越しの声が遠く聞こえる。  あれだけ多くの人がいたのに、まだ誰も出てこない。  会長が足止めしてくれているからだ。  その代わり、通路を走る自分の足音が異様に大きく響く。  今回の慰労会でわかった事。  全ては、生徒会の手によって仕組まれていた。  欠けている二人の野球部員を、可能な限り守る為に。                 Ⅺ  迷想   終わり
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!