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「『西城高校野球部のみなさん、今回は俺のせいで多大な迷惑をかけてすみませんでした。
急な代表出場にも係わらず、優勝候補の一角、明峰高校を相手に互角の戦い、最後までしっかり見ました』」
「おお~っ!」
と、会場とステージが歓喜に沸く。
収まるのを待って、続きを口にした。
「『そして、感動しました。西城が代表で本当によかった』」
そう言って、ステージに座る野球部の面々を見渡した。
加納君の言葉には、他の誰にも及ばない重みがある。
一目置かれる存在、その人からのメッセージ、しかも褒め言葉とあってみんな嬉しさは隠せない。
それに気付きながら、その先を想い、少しだけ心が――痛んだ。
意を決し、加納君の言葉の一言一句、違える事なく伝えられるよう、携帯越しの声を思い返した。
「――『と、ここまでが建前、こっから本音な』」
急に砕けた物言いに、野球部の面々が何事かと瞠目する。
山崎達、仲のいい連中は尚更だ。
それも当然だろう、こんな話し方、俺も初めてだ。
それには構わず、加納君の残した言付けを、彼の口調を真似て言い放った。
「『初戦敗退とは、いい度胸してんじゃねえか。
せっかく和泉高校野球部員総出で応援してやったのに、張り合いねえ奴らだぜ。
まあいい。来年は俺達が当然の権利で出場して、初めての優勝旗、持って帰ってやるよ。
そん時は、西城が俺達の長い夏に付き合ってくれよな。期待してるぜ。
じゃあな。
来年の夏、グラウンドで会おうぜ。
それまで、負けんなよ』」
「――以上、です」
言い終えた後の、しんと静まった会場の静寂が恐い。
これは、相当ショックを受けてる?
そう思い、目の前に座る同級生の様子を窺うと、俯いた山崎の肩が小刻みに震えている。
やっぱりきつかった?
自分流の言い方で、優しく言った方がよかったか。
『もう少し、まろやかな日本語、使えないわけ?』
あれは玉竜旗大会の最中、辻先輩が、俺を責めた白井先輩に向けて言った、柔らかな牽制。
あの辻先輩の優しい物言いの欠片でもいい、今すぐ欲しい。
そう思い、後悔しかけた俺の目の前で、いきなり大爆笑が起きた。
大笑いされるのは北斗で慣れてるつもりだった俺も、さすがに三十六人、監督も含めて三十七人に笑われると、ちょっと怯む。
それに、何がそんなに可笑しいのか、理解に苦しむ。
ここは加納君に対して怒るか、さもなくば落ち込むのが一般の反応だろう?
そう思いつつ目の前の連中を見ると――
「あ~、もう駄目、我慢できねえ、吉野が……」
身を捩りながらの山崎の台詞に、首を傾げた。
「――え、俺が? 何?」
「吉野が、『グラウンドで会おうぜ』、だって」
息も切れ切れ言われても、さっぱりわけがわからない。
「はあ、それが? なにか変か?」
「変なんてモンじゃないっ。『張り合いねえ奴らだぜ』だの、『してんじゃねえか』だの、可笑しすぎて真面目に聞けねえッ」
合わせたように会場からも笑いが起こり、頬が一気に紅潮した。
「ひどッ、何それ! せっかく加納君の言葉をそのまま伝えてやったのに、そういう反応するわけ!?」
「普通に言ってくれ。でないと野球する度思い出して……練習になんねえ」
言うと同時にまた笑い出す。
遠慮も気遣いもない山崎の態度に、真剣に腹が立ってきた。
「もういい! お前らなんか知るかっ!」
ブーイングさながら、親指を床に向けて言い放つ。「来年は、ここで寂しく加納君の応援してろ!」
「こらこら、こんなとこで言い合いするな」
見かねた小野寺会長が、エスカレートしていきそうな俺達の仲裁役を買って出た。
「ったく、呆れるほど短気な奴だなぁ。短気は損気って昔から言うだろ」
その台詞は、紛れもなく俺に向けられている!?
そんなバカなッ!!
この場合悪いのは俺じゃなくて、この失礼な奴らだろッ!
反抗の意思もありありと会長をじろっと睨み付けると、さすがに俺の憤りを察した会長が、俺から顔を背けるようにステージ上の面々を見渡した。
「和泉の加納からの挑戦状が、思いがけない形で手渡されたな。もちろん受けて立つだろ? 結城」
「当然」
童顔ながらも三年の貫禄を見せ、鷹揚に頷いた結城キャプテンが、すっくと立って振り向き、一緒に戦ってきた仲間を見遣った。
「自分の手でリベンジできないのが残念だけど、仕方ない。後は任せたぜ、山崎」
そう言いつつ、マイクを山崎に渡す。
うっかり受け取った山崎が、戸惑いも露わにマイクとキャプテンを忙しなく見た。
「へ? 何で俺?」
「キャッチャーは守備の要だ。それを売りにしている西城だ。お前に野球部の未来を託すのは当然だろ。それに、相原の成長もお前しだいだ」
キャプテンに駿の事を持ち出され、山崎への怒気が一気にしぼんだ。
そうだった。駿がどんなピッチャーに成長していくかは、この山崎に掛かってる。
そう気付き、さっきまでとは違う思いで彼に目を遣ると、ここに居合わせたみんな、似たような思いに囚われたらしく、今度は期待に満ちた眼差しが一斉に山崎に向けられる。
途端に、山崎の顔が赤く染まった。
「キャプテン! こんなとこでそんな事言わないで下さいよ。変に注目浴びるじゃないすか」
「たった一人で全国に挑んだ吉野が、熱い決意を語ったんだ。三十八人も仲間のいる俺達が何も誓えないんじゃ、情けないだろう?」
「けどっ! その役目は……」
言いかけた山崎の言葉が、結城キャプテンの視線に止められた?
何を言おうとしたのかわからない。
けど、大きく息を吐き出した山崎から、動揺の色が消えた。
「面白い伝言サンキュ、吉野」
物怖じもせずマイクを前にした山崎が、そんな風に切り出した。
「加納の待つグラウンド、上等じゃねえか。今年の俺達の実力が本物だったと、来年こそ自力で甲子園出場権をもぎ取って全国に見せ付けてやる。いいな、お前ら! 和泉に当たるまで、一気に駆け上がるぜッ!!」
マイクなんか必要ないだろう、と言いたくなるくらいの声量で山崎が喚く。
呼応して、後ろに座る同級生と後輩達が思い思いに返事を返した。
ステージの上があっという間に熱気を帯びたグラウンドに変わり、最高の盛り上がりを見せる。
それを受けた小野寺会長が、感心半分ほっと息を吐いた。
「さすが山崎、お前に任せておけば沈む事はまずないな」
「っす。褒め言葉っすよね?」
「当然だろ」
明るく答え、今度は俺に近付いた。
「吉野もありがとう」
言いながら右手が差し出される。強く握り返したら、会長がふっと目を細めた。
「吉野にとっては、楽しみにしていた甲子園での観戦も叶わず、辛い結果になってしまったが、戦ってきた三日間は、野球部にとって大きな追い風になったはずだ。だからこその好ゲームだったと、俺は思っている」
目の前の野球部員から、思いがけない盛大な拍手が起こり、それはあっという間に体育館一杯に広がった。
胸の中が、熱い何かで埋め尽くされる。
二日目の最終戦、芦屋さんとのベスト8を掛けた戦い。
あの時、諦めなくてよかった。
勝てて――よかった。
自分の積み重ねてきた一戦一戦は、確かに野球部の力になっていたと、信じる事ができた。
そして、そんな風に言ってくれた会長に、感謝の気持ちが溢れた。
「ありがとう…ございます、会長」
言いながら、ちょっとだけ涙ぐんでしまった。
恥ずかしくて、すぐに手の甲で浮かんだ涙を擦って誤魔化した。
「――来年こそ、自力で甲子園出場を目指すと、たった今山崎が誓ったが、おそらくは試合に参加した県内全ての高校が同じ事を誓い、すでに来年に向けて始動しているだろう」
僅かに間を空けた会長が、その間に何を思ったのか、俺にはわからない。
だけど続けられた言葉は、これまでになく熱いものだった。
「今の誓いが『有言実行』になるよう、ここにいる皆が強く願っている」
再び鳴り止まない拍手の中、会長の声が響く。
「来年は、野球部が吉野に恩返しする番だ」
そんな事を言われるとは思いもせず、目を瞬いて会長を見返すと、にっこりと最高の笑顔を見せた会長が、俺の肩を労わるように右腕を回し、一歩前に連れ出した。
「こいつを、甲子園に招待してやれ。あの素晴らしく清々しいスタジアムに」
「え、……」
言葉もなく立ち竦む俺の正面で、
「ッしゃーッ、俄然燃えてきた~ッ!!」
マイクもなしに叫んだ山崎の、やる気に満ち満ちた様子に、呆れ半分突っ立った。
「来年は吉野をアルプススタンドに連れてくぜッ! 敦、克実、他の一年も、気合入れてけよッ!」
「オーッ!!」
元気な声がステージ後方から起こり、会場からもやんやの拍手が。
しかし――
盛り上がるところ…というか、目的が違うだろ? という気分で、目の前の光景を呆然と見遣った。
俺なんかの為に、そんなに熱く張り切らないで欲しい。
確かに、甲子園には行きたい。
けど、ここはやっぱり自分の彼女を連れて行くのが最優先事項だろう。
そう考え、未だ独り身の山崎を想い、これまでになく同情した。
このままだと山崎の精神が病んでしまう。
早く彼女を作って、その子の為に頑張るよう軌道修正してやらないと。
「盛大な拍手、ありがとうございます」
巧みな(?)誘導によって、野球部に歪んだ目標を植え付けた張本人の会長が、その証人となった会場の人々に、深く頭を下げた。
「皆さんの温かい激励を胸に、来年に向け一層努力する事を約束して、この会を閉会したいと思います。皆さん、ここに立つ西城高生に今一度、温かい拍手をお願いします」
言葉通り、何度目かの大きな拍手が起こる。
ステージの先端ぎりぎりまで会長が前に出たのを合図に、緞帳が下がり始めた。
「名残は尽きませんが、これをもちまして剣道部、野球部合同慰労会を閉会したいと思います」
ここまでするか、という気分で見上げていると、閉会の挨拶をする会長だけ残し、ステージが隠れる。
緞帳の裾が床に着く直前、千藤監督に手を引かれた。
「吉野、ここはもういい、すぐ病院に行け。丸山先生が連れて行ってくれる。ホールの外で待っておられる」
そう言われ、こくんと頷いて、目の前の同級生――山崎を見た。
このステージの上、俺と北斗の仲を知る唯一の人間。
「山崎、じゃあ俺行くな。…二人が戻ったら、よろしく伝えて」
一瞬ためらい、それだけ告げて駆け出した。
山崎はわかってくれる。
軽く上がった右手――
俺が床に向けた親指を、山崎は天井に向けてニッと笑う。
その瞳は「任せとけ」と、力強く請け負っていた。
『本日はどうもありがとうございました。
お帰りの際は――― ………… 』
会長の、マイク越しの声が遠く聞こえる。
あれだけ多くの人がいたのに、まだ誰も出てこない。
会長が足止めしてくれているからだ。
その代わり、通路を走る自分の足音が異様に大きく響く。
今回の慰労会でわかった事。
全ては、生徒会の手によって仕組まれていた。
欠けている二人の野球部員を、可能な限り守る為に。
Ⅺ 迷想 終わり
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