その夜に

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その夜に

 映画の後は、真城が良いフレンチレストランを知っていると言ったので連れて行ってもらう事に。その店の料理は本当に美味しくて、俺はすっかりご機嫌になっていた。 「いやぁ、美味かった!よくあんな店知ってたなぁ」  店を出てからそんな事を言って褒めると、真城は照れながらありがとうございます、と頭を掻く。 「実は俺、学生の時にあそこでバイトしてたんです。ホールスタッフでしたけど、たまにキッチンも手伝ってたんで、簡単なものなら店と同じ味で作れますよ」 「マジか。お前料理も出来るのか」 「はい!あ、なんなら月曜日、鬼島さんにお弁当作って行きますよ。確か、いつもコンビニ弁当でしたよね?」 「ゔ……良く見てんなぁお前」 「俺が見てるのは鬼島さんだけです♪」 「……嘘くさっ」 「酷い!俺、マジで鬼島さんの事気になってて」 「あーはいはい。外でそんな事言うな、恥ずかしい」  俺は少し彼と距離を取り、歩き出す。すると真城も歩きながら隣りに並んでは、めげずに話し掛けて来るのだ。 「で、この後どうします?何か買い物とかあるならお供しますよ」 「……そーだなぁ」  時刻はまだ昼間の14時。せっかく家の外に出たのだから、普段は出来ないような買い物とかしたいものだ。  俺は色々と考え、そうだ、ととある事を閃いた。 「ちょっと電気屋に寄ってもいいか?」 「良いですけど……何か欲しい物でもあるんですか?」  そう尋ねて来る真城に、俺は映画館に行けた喜びと美味しいもので満腹になった上機嫌な気持ちのまま、笑顔で答えてやる。 「部屋にプロジェクターを置きたくてな。それで映画とか観れたら最高だろ?」 「おお、良いですねそれ!さっそく買いに行きましょう!」  電気屋に寄って、良いものがあれば買おう。そんな軽い気持ちで真城を買い物に誘ったのだが、その後の彼との会話やウィンドウショッピングが思いの外楽しくて、俺は今日この後、ウチに来ないかと自分でも驚くくらいあっさりと彼を自宅に誘っていたのだ。  電気屋で買ったプロジェクターの配線をテレビと接続している間、真城がキッチンで夕飯を作ってくれていた。部屋には食事の良い香りが広がり、グウっとお腹の虫が鳴く。 「鬼島さん、夕飯の準備出来ましたよ」 「ん、今行く」  ちょうどセッティングも終わったとこだし、俺は立ち上がってテーブルへと移動した。そしてそこに並べられていた料理を見て、思わず「おおっ」と感動の声を漏らす。 「本当に店の料理みたいだな……凄い」 「いやいや、それ程でも」  照れる真城は、嬉しそうにはにかみながらそう答える。  テーブルの上には生ハムの乗ったパスタと、彩り豊かなサラダ、それから白いスープの入ったカップが置かれていた。これは何だ?と尋ねると、じゃが芋のスープですよ、なんて食べた事の無い洒落た品まで用意されている豪華さだった。  俺達は向かい合ってテーブルに着くと、いただきます、と手を合わせては食べ始める。パスタのひと口目からその美味しさに目をキラキラさせ、俺は次々と口の中へ料理を入れていた。 「いやぁ……マジで美味いな、これ。あとスープも……初めて食べたけど、気に入った」  そう褒めちぎると、真城も「本当ですか?」と調子に乗る。 「じゃあ俺、毎晩ここにご飯作りに来ましょうか?まだまだレパートリーあるんで、きっと飽きませんよ」 「いや、毎晩って……お前彼女とか居ないのか?そうじゃなくても、何が楽しくて仕事以外でも上司の機嫌取りするんだよ。そんな事したって、評価が上がったりはしないんだぞ。そもそもお前にメリットが無いじゃないか」  こんな美味しいものが毎日食べられるのなら、普段料理しない俺にとっては嬉しい提案だ。だが、真城はまだ若いし、こんなおっさんと一緒に居たって楽しいのかどうか……。  けれどそんな心配を裏腹に、彼もパスタをフォークに絡ませながら言うのだ。 「俺、彼女居ないし……それにメリットならありますよ。鬼島さんと一緒に過ごせる、とか」 「は?だから、仕事でも顔合わせるのに」 「そうじゃなくて。俺、言いましたよね?鬼島さんを落とすって。……好きなんです。1人の人間として」  急に告白をして来たかと思うと彼は顔を上げ、キョトンとする俺の瞳を真っ直ぐに見つめるのだ。 「……鬼島さん、職場ではいつも難しい顔して他の人達からは無愛想って言われてるけど……俺、鬼島さんが本当は優しい人だって、ちゃんと分かってますから」 「……は?な、なに言って……」 「俺が入社した時、ちょうど入れ代わりで産休に入った女性社員が居ましたよね?その人が皆に囲まれてお祝いの花束をプレゼントされてる時、鬼島さんは少し離れた所で目を潤ませながら見守ってたじゃないですか。それを見付けた時に、鬼島さんって他人の事にも感動出来る、思いやりのある心の持ち主なんだなって、そう思いました」  た、確かにそんな事あったけど……あれ、見られてたのか。今後気を付けないとな。  俺は恥ずかしさを隠す為にフンと鼻で一蹴し「覚えてないな」ととぼけて見せた。だけどそれすら真城にとっては上司の可愛い照れ隠しだと捉えられ、逆に微笑まれてしまうのだ。 「……覚えてなくてもいいです。俺が、ちゃんと鬼島さんのそういう優しい部分を全部覚えてますから」 「……恥ずかしいヤツだな、お前」 「そうですか?本当の事なんですけど」  ……真城と話してると、マジで調子狂う。  俺は僅かに頬を染め、目を反らしては食事を再開する。 「……で?メリットって何だよ。ただ一緒に居たいだけなら、別に昼休みにお前とランチに行ってやってもいいが……」 「あ、俺……鬼島さんと一緒に居たいのは勿論ですけど、他にも目的があるんで」 「?」 「鬼島さんの泣き顔、好きなんです。だからもっと泣いてるとこ見たいなぁって言うのと、泣かせてやりたいってのが、俺の本音です」  真城は静かにフォークを置くと、世の女性達が卒倒しそうな程の甘い表情で口説いてくるのだ。 「今夜、このまま泊まっても良いですか?もう一度……俺にアナタを抱かせて下さい」 「!?」  あの日の事は酔っていたから水に流せと言ったのに……素面で蒸し返すって事は、冗談じゃなくて本気と言う事なのか?  俺は思い出してしまったあの夜の快感にドキドキすると、緊張で上手くパスタを飲み込めずに、ゴキュンッと喉を鳴らしてしまったのだ。
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