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「おかえりなさい」と茜も言って、私の黒い上着を受け取った。
「おみやげは?」と蒼太が騒ぐ。
「おみやげなんてないよ。お葬式なんだから」
「なーんだ。つまんないの」
黒いネクタイを解いて、私はテレビの前のソファに座った。蒼太が膝の上に飛び乗る。頼むよ、疲れてるんだから、と抵抗しながらも、膝をゆさゆさ揺らしてやると、蒼太はきゃっきゃ言って喜んだ。
「駄目よ、お父さんは疲れてるんだから」
言いながら、茜はキッチンへ。私の為に熱いコーヒーを入れてくれる。冬の昼下がり、何でもない日常の1シーンだ。ほら見ろよ、と私は思った。二人が死んだなんて、そんな訳がないじゃないか。二人はこうして生きている。当たり前の生活が、また再開する。
そんな想像。辛い現実から目を背け、張り裂けそうな心を安定させる為の物語。そんな二つの現実を生きるうちに、いったいどっちが本当で、どっちが想像なのかわからなくなってしまった。
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