あの夏を背負う

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「ねぇ、覚えてる?この場所のこと」 窓から注ぐ太陽がグラスの氷をじわりと溶かす。 女がストローを回すとカランと軽い音が喫茶店の中に響いた。 「……ごめん」 男は幾度となく見てきた写真に目を落とすと、かぶりを振った。女はそんな恋人の顔を見ると、何度目かのため息をついた。 「……何回も聞いて悪いけど、ほんとに覚えてないの?え、何、記憶喪失ってやつ?」 「……多分。1年前の夏休みの記憶がまるごと抜け落ちてる」 「そんな都合のいいことってある?」 「都合がいいってなんだよ。俺だって知りたいさ。それにしても、この橋の写真は何なんだ?1年前、俺たちはここに行っていたのか?」 「……そうよ。私たちは去年、ここにサークルのみんなと合宿に来ていたの。ねぇ、ここまで聞いても本当に思い出さない?」 「……ごめん。なぁ、聞きたいのはこっちなんだ。去年の夏、この橋で何があったんだ?」 「……良いよね、あなたは。全部忘れちゃって」 女はガタンと勢いよく立ち上がると、鞄をつかんで大股で出口へ向かう。男は慌てて揺れるワンピース姿を追いかけた。 「なあ、待ってくれよ」 支払いを済ませると、カランというカウベルの音を後ろに、男は小走りに女の元へ駆け寄る。 「俺がそこで何か君の機嫌を損ねるようなことをしたのか?それなら謝るよ」 「そんなんじゃない」 「この夏、埋め合わせの旅行にでも行こうか」 「だから、そんなんじゃないって!!」
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