2人が本棚に入れています
本棚に追加
ねえ、覚えてる?ねえ、忘れたの?あんなに熱い手をくれたあの日のことを。3月だっていうのに朝から気温は一桁止まり。あの無機質で透明な冷たさに耐えられたのは、あなたに会える予感がしてたから。他にもいたよ、あなたに色目を使うやつ。他にもいたよ、あたしに媚びを売るやつ。あなたは他に見向きもせずあたしのところに来てくれた。あたしを手に入れたあなたが、それを当たり前の毎日だと勘違いする日がきても、それでもいいと思った。「飽きた」って放り出されても、飽きるほど側にいていいんだ、って笑っちゃうくらい前向きに考えた。あたしが初めてあなたの部屋に入った3月のあの日、すぐに気づいた。あたしとおんなじ扱いをされてる子が他にもいるって。あなたは必死で取り繕ったけどあたしには分かった。
そして4月、あたしはあなたに会えなかった。あなたが毎朝仕事に出かけ、夜たまにアルコールの匂いをさせて帰ってくるのも知ってる。日曜日、あたしじゃない誰かがぴったりくっついていることも。だけど待ってるから、ずっと待ってるから。
梅雨が明けた。纏わりつく暑さがあなたとあたしを余計遠ざける。ぼんやり外を眺める。待つのは嫌いじゃない。辛いなんて思わない。外を眺めるあたし。ガラスに映るあなた。ふいにあたしに近づく。1メートル、50センチ、あと0コンマ、近づく、ずっと待ってた、この手。
「真由子、また、あんた!」
「お母さん、もう、勝手にドア開けないでよ」
「お母さん知ってるんだよ。あんたがバーゲンで、一度も着やしない洋服ばっかり買ってるの」
「もう、うるさいなあ。だって3月のバーゲンの日、めちゃくちゃ寒かったからなんか明るい洋服欲しくなったんだもん」
「で、それどうするの?」
「どうしようかなあ。ネットも全然反応ないし」
「お母さん着てみようかな。捨てるのもったいないだろ」
「え、ほんと?まあ特別にタダでいいよ」
「当たり前だよ。誰が好き好んで蛍光グリーンのラメグラデーションのブラウスなんかにお金出すんだい」
ねえ真由子、覚えてる?あたしのラメに頬ずりしたあの3月のこと。
最初のコメントを投稿しよう!