序章・二〇二一年 春

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「それが今や、このコロナ禍で最大のリスクになってしまったことは原田さん、あなたがいちばん身に染みて分かっていらっしゃるんじゃないですか?確かに介護は大事だが、当院には地域医療全体を担う責任がある。それを崩壊寸前まで追いやったのは介護病棟で発生したクラスターだったわけじゃないですか」  うつむく恭子を案じて院長が仲裁に入る。 「事務長、何もそこまで介護を悪者にしなくても」 「事実をありのまま申し上げているんです。我々は地域からの信頼を完全に失ったと言っていい。それを取り戻すには、原因を取り除いて目に見える形で生まれ変わった姿を見せなきゃいかんと私は言っているんです」  介護保険の報酬単価切り下げが続く中、事務長のねらいが「もうけが少ない介護」からの撤退を進めることにあるのは明らかだ。  これまでは、在宅介護が困難な高齢者の受け皿という地域のニーズがあり、経営合理化に歯止めをかけることができた。だが、新型コロナウイルスの感染拡大は、その歯止めが効かなくなる新たな事態を引き起こしていた。  北海道第二の都市、旭川市にある旭生(きょくせい)病院。病床数五四〇を数える中核病院で、三年前から総看護師長を務める原田恭子は、ことしで四十三歳になる。看護・介護職員が五百人を数える大規模病院で、そのトップに立つ総看護師長としては全国的に見てもかなり若い。
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