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指先から宇宙
『拝啓 私のことを覚えていらっしゃいますでしょうか』
えらく古ぼけた封筒から出てきたのは、ところどころ滲んだ便箋。丁寧に四つ折りされたそれを解くと、まず一文目にそう書かれていた。
はて、身に覚えが全くないぞ。目が霞み、親指と人差し指の先で目頭を数回揉む。怪訝さと好奇心が入り混じった、奇妙な手紙だった。
『この手紙を読んでいるということは、あなたはきっと故郷に戻り、悠々自適な暮らしを送られていることでしょう」
一体何が何やら。確かに会社を定年退職した後は妻と二人で自分の故郷に戻り、いわゆる隠居生活を送っている。自分で言うのも憚れるが、会社員時代は誰もが名を知る大企業で部長職を務め、年収も日本の平均額より一桁違っていた。蓄えもそれなりにある。
子宝にも恵まれ、二人の子供はそれぞれ独立し各々が家庭を持っている。年末年始や盆などは孫を連れて自分と妻を訪れてくれる。何不自由ない老後。悠々自適な暮らしというのも強ち間違いではない。
そんな自分のもとに、突如手紙は届いた。それは、この街で勤続40年の郵便局員であるツネさんーーー常彦さんの最後の仕事だった。
ツネさんはこれで自分の局員人生に終止符を打てる、と言いながら手紙を手渡してくれた。一体誰からの手紙なんだい?そう聞いてもツネさんは、「いいから読んでみな」の一点張りだった。仕方なく、ひとまず手紙を読んでみようと思いたった次第だった。
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