7人が本棚に入れています
本棚に追加
急ぐ人の群れに逆らい、霧島は歩道にとどまる。洗いたてのジーンズの裾が、水たまりで濡れていく。目の前を往来する車を眺めるうち、気弱になった自分に少し気分が沈んだ。
その時、向かい側の歩道を、軽やかに誰かが駆けていく。
風の色が見えたと思ったのは少女のセーラー服だった。運動選手みたいなショートカットで、遠目にも霧島には誰か見当がついた。
「守屋さん、元気だな。相変わらず……」
傘も差さず、濡れるのも気にせず、伸びやかな手足は羨ましいほど自由を謳歌している。
疾風のように少女が通り過ぎ、歩行者信号は再び青になった。横断歩道を渡り、肩を落とした霧島は猫背のまま店へ向かう。
すると、雨の路上に何かが落ちているのに気づいた。ラミネート加工されたカードだ。キーホルダーにつけていたものが外れたのだろう。裏に『がんばれ、愛』と書いてある。
霧島は、それが少女の名前であると思い出す。
記憶の隅に押しやった、くしゃくしゃに丸めた感情を広げる。
カードをハンカチで拭うと、霧島は丁寧にポケットにしまった。曇った心を吹き抜けた風に、晴れ間が覗いた気がした。
最初のコメントを投稿しよう!