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それから田沼からの質問に応対する時間が続いた。子供のことやどんな仕事をしていたのかなど記者のように訊いてくる田沼を途中で遮った。
「すごく質問してくるね」
「だって下田君、同窓会の手紙出しても音信不通だし、周りの人も誰一人下田君のこと知らないんだもの。今回の返事が来たときは本当の驚いた」
「ごめん」と反射的に謝ると、田沼は「別に怒ってるわけじゃないから」と微笑した。
「下田くんが元気そうで、それで幸せそうでよかったわ」
田沼の言葉に「まあね」と曖昧な返事を返した。元気なのは元気、不幸ではないと感じているが、幸せかどうかと言われると言葉に窮した。今の私は日々一日が終わるのを待つだけで、心は虚無感に苛まれていた。
俯く私の前に田沼はポーチから何かを取り出して渡してきた。色褪せて所々破けているビニール袋はあまりに身に覚えがなく、私はしばらくその袋を凝視していた。
「下田君に会えたら必ず渡そうと思っていたの」
田沼はさらに腕を伸ばして袋と私の距離をこぶし一つ分縮めた。恐る恐る手に折って中のモノを取り出した。
「うわあ、懐かしいな」
思わず少年のような声が漏れていた。私の手中にある、カセットテープはプラスチックのカバーの中に入っていたおかげで真新しく見える。私は中学生のころ、よくカセットテープに音楽を録音していた。私だけではなく、その当時の同世代の子供たちは皆そうして音楽を聴いていた。しかし、CDが普及したことによりカセットテープから遠ざかり、今ではほとんど目にしなくなった。社会人になったばかりの娘はスマホで曲をダウンロードしていると言って現物を持たないらしい。
思わぬ代物に一時目を輝かせていたが、すぐに視線を田沼へ向けて首をかしげる。このカセットテープをどうして渡したいのか見当もつかなかった。
「それね、中学の時にみんなで埋めたタイムカプセルよ」
田沼が周りの雑多な声を突き放すように話した。
夕暮れになり、同窓会は解散した。それからいくつかのグループに泣分かれて二次会へ行こうという話が上がっていたが、私は一人で駅へ向かった。途中で下車してリサイクルショップでカセットテーププレーヤーを購入して再び電車に乗り込む。夕日が最後の力を振り絞るかのように力強く輝く。オレンジ色の光を浴びながら私は持っていたビニール袋をぎゅっと握った。
最寄りの駅に降りたころには空は薄暗くて乏しい街灯が等間隔にぽってりと光っていた。
私は家とは反対方向へ足を進めてコンビニに寄った。そして缶ビールを手にして近所の公園へ向かった。この公園は幼かった娘とよく来ていたが、今は娘世代も大きくなって公園に立ち寄る人は滅多にいない。昼間がそんなものだから、当然今の時間に人の気配を感じることはない。
「よっこらせ」と私はくたびれたベンチに腰を下ろした。久しぶりに遠出をしたので足腰が痛む。しかし、すぐに体を起こしてビニール袋から例のカセットテープを取り出す。中学生の手は今とほとんど変わらないと思っていたが、手中にあるテープはやけに小さく思えた。こんなところでも長い年月が経ったことを知らされる。私はそっとカバーを開けて中のテープを取り出した。普通のカセットテープにはA面とB面があり、凹凸部分に白のテープで録音した曲名を書く。しかし、このテープには曲名が一切書かれていない。代わりにA面には私の字ではない可愛らしい文字で書かれていた。
『下田君へ』
私はプレーヤーにカセットを入れて再生ボタンを押した。中のテープがゆっくりと回りだした。
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