カセットテープ

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 B面は私の好きな曲と言うより、私たちの思い出の曲だった。アリスにさだまさし、円広志に沢田研二にピンク・レディー。どれも彼女と聴いていた曲だった。前半こそ楽しげな曲調だったが、後半は寂しい曲ばかりだった。曲と曲の間に入る彼女の言葉も次第にきらめきが無くなっていく。 「今日も喧嘩したね。私も悪いってわかってるのに、君だから気にせず心の内が全部口から出ちゃうの」  私もそうだった。ちょうど反抗期と言うこともあってか、訳もなく腹が立ったり、怒ることでしか表現できなかったり、未熟な自分が曲とともに思い起こされる。そして中学卒業間近で私たちは恋人ではなくなった。その後は友人に戻れるかと思えば、友人どころか、真反対のクラスの時よりも遠い存在となってしまった。本当は声を掛けたかったが、私も君も意地っ張りで結局私たちはそのまま離れることになった。  テープが最後の曲を流す。それがさとう宗幸の「青葉城恋唄」で私は目を見張った。タイムカプセルに君が入れたということは卒業より前だと思うが、ちょうどその頃、私も同じ曲を聴いていた。見ている景色、聞いている曲は変わらないのに、君がいないだけで全く違うものに思えてしまう。君も同じように思っていたのだろうか。そう思っても過去は過去で、塗り返すことはできない。  ジィー、とすべて流し終わった音が耳元で囁く。初めの時と同じ音だった。  私はイヤホンを外して夜空を見上げた。初めて君と見た夜空より星が少なく感じた。 「里美ね、四年前に亡くなったの。心臓の病気でね」  同窓会で田沼から聞かされた事実に多少驚いたが「そうだったんだ」と返すことができた。私たちももう歳だ。怪我や病で他界することもあるだろう。今後はより訃報を聞くことになる。同級生が、会社の先輩が、もしかすると私かもしれない。  私は改めてカセットテープを見下ろした。この小さなカセットテープの中に私の青春のすべてが詰まっていた。きらきらと思い出とほろ苦い思い出が総じて幸せに思えた。  膝に手を当てて「よっこいしょ」と重い腰を上げた。ずいぶんとここで時を過ごしたようだ。  死を待つだけの人生だと思っていたが、それでは駄目だと思った。君の生きることのできなかった未来を代わりに私が生き抜こう。そして、君と同じ場所に行けた日にはゆっくりと話をしよう。もちろん、お互いの好きな曲を流して。過去はどうすることもできないが、今から同じような気持ちを抱いてもいいじゃないか。  私はカセットテープの巻き戻しを押して帰路へ向かった。  リピートする曲は中学生のころよりも、そして一回目に聴いた時よりも、色鮮やかに聞こえるだろう。
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