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一階からは、歌声が聞こえて来た。
菜の花~畑~に入日薄れ~東吾の知らない歌だった。
朝から、ハミングしていたし、歌が好きなのかな、ま、声は綺麗だけど。
歌を歌いながら、何かしている様だ、何をしているのか、やっぱり気になる。
いきなり、歌が途絶えたと思ったら、玄関の開く音がして
「行ってきま~す」と言う、元気な声がした。
『行って来ますって、誰に行っているんだ?俺?まさかね
しかも、どこへ行くって言うんだ』
東吾は、ベランダに出る掃き出し窓から、外を覗いた。
自転車で、走り去る女の後ろ姿が見えた。
長くて、真っ直ぐな黒髪を、一つに括っている。
その姿は、小母さんなどでは無く、うんと若い女の様な感じだった。
あれが、親父の再婚相手?後姿は、若々しくても
前から見たら、小母さんかも、ま、どうでも良いけど
そう思いながら、パソコンに向かい、ネット上の友達との交流を始めた。
1時間ほどすると「ただいま~」と、明るい声がして
台所の冷蔵庫を、開け閉めする音や、まな板の上で、何かを刻む
ことことと言う音が、し始めたと思ったら
「昔、昔~浦島は~」と、浦島太郎の歌を歌い始めた。
「う、浦島太郎?なんちゅう歌を、、、やっぱり小母さんだからか?」
東吾は、パソコンを閉めた、桃太郎の歌なら知っているが
浦島太郎は、初めてだな~と、苦笑した。
女は、亀を助けた所から「たちまち、太郎は、お爺さん」と
最後まで、きっちり歌い終わると、台所仕事は終わったのか
「ルルルン」と、ハミングに変わり、庭に出て、洗濯物を取り込み始めた
相手からは、見えない様にと、レースのカーテン越しに覗いてみた東吾は
「あっ」と、声を上げ、慌てて口を押えた。
まだ、二十歳そこそこにしか見えない、若い女、それにも驚いたが
声を立てるほど驚いたのは、その女が、死んだ母にそっくりだったからだ。
母が、若くなって戻って来た、一瞬、そう思ったほどだった。
女は、取り込んだ洗濯物を抱えて、家に入り、また歌い始めた。
「大きな袋を肩にかけ~大黒様が来かかると」また聞いた事の無い
変な歌だ、この歌を、あの母に似ている娘が歌っている
しかも、父の下着を畳みながら、、、東吾の頭は、軽いパニックになった。
「ここに稲葉の白うさぎ、皮を剥かれて赤裸~」
『おいおい、可愛いうさこの皮を剥ぐなんて残酷過ぎる
何の歌だよ、これは』ぼーっとした頭のまま、そう突っ込む。
「大黒様は哀れがり、綺麗な水で身を洗い、ガマの穂綿に包まれと
よくよく教えてやりました」
『ガマの穂って、水辺に有るソーセージみたいな奴だよな』
東吾は、歌の内容に引き込まれている。
「大黒様の言う通り、綺麗な水で身を洗い、ガマの穂綿に包まれば
うさぎは元の白うさぎ」『やれやれ、良かったよ、元に戻れてさ』
「大黒様は、誰だろう、大国主命とて~国を開いて世の人を
お助けなされた神様よ~」歌は、終わった。
『そうか、大黒様は、大国主命だったのか、大国主命と言ったら
出雲大社の神様だろ?それが、大黒様?知らんかったな~』それにしても
あんな若い子に、下着を洗わせるなんて、父は、何を考えているんだ。
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