ある人形の話(ロングバージョン)

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「その手紙は私の祖父の遺品から出てきた物です……祖父は40年前隣国の戦地に貴女の恋人トマス様と供に赴いていた。その手紙は戦地で祖父に託された物のようです……というのも祖父は戦中、片足を失い離脱しました。帰国の際に預かった物と思われます」  マリアは聞いているのか、ただ涙を流しながら手紙を見つめていた。 「祖父は片足を失ったばかりでなく、心も戦争で失っておりました……戻ってきてからはずっと病院暮らし、持ち帰ってきた荷物は家の物置にずっと仕舞われたままでした。祖父は20年前になくなりました、その時に遺品整理をしていればもっと早くにこの手紙を届けられたのですが……3年程前に家を改装した時遺品と共にこの手紙が出てきました、宛名が祖父の名前でないものですから家人達は慌てました、そのまま無き物にするのも忍びないですしね……軍へ依頼し、トマス様の名前を調べそこからマリア様の名前を調べるのに随分時間を要してしまいました……申し訳ありません……」 「いいえ……いいのです、よく……よく、これを届けて下さいました……」 マリアは濡れた頬をレースのハンカチで拭うと、寂しそうな笑顔を浮かべた。 「ありがとうございます……本当に、ありがとう……手紙には前線へ出る事と、もう戻れない覚悟が書いありました……もうあの人の事は半ば諦めていたけれど、こうして最期を知れて良かったわ……」 ぎゅっと手紙を胸に抱きしめたマリアは、人形に話し掛けていた不気味な老婆ではなかった。愛する者を亡くし、それでも毅然とした態度を崩さない気高き貴婦人がそこにはいた。 「あぁ、そうね、貴方にお礼がしたいわ……名前だけを頼りに調べてここまで届けてくれたのですもの、貴方が望む物を」 「そんな、私はただ手紙を届けただけですから……」 「遠慮しないで、こんな田舎貴族ですけどね、少しは財があるの」 「……」 男は腰を折り、マリアに顔を近付けひそひそと唇を動かすとまた元のようにピンと背筋を伸ばした。 「……分かりました、貴方がそれでいいと言うのなら……そうね、貴方に託すのも悪くない、必ず届けますわ」 「ありがとうございます……それでは私はお暇しましょう」 「名前を……伺ってもよろしいかしら?」 「……ローシ……」 「そう、ローシ、覚えました……ではきっと貴方に届けます、本当にありがとう」 「それではマリア様……」  ローシと名乗った男は踵を返すと、店の出入口へと向かった。  一部始終を見ていたにも関わらず、ベイリーにはまるで異世界の話のように思えた。  目の前をローシが通り過ぎても、目で追う事しか出来ずにいた。  カラン、扉のベルが鳴りローシが外へ出る。ベイリーはその音で漸く体を動かす事を思い付いたように、重い足を一歩踏み出した。
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