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「ねぇ、覚えてる?あの約束。」
私は届けることさえできない手紙を書き始めた。ともかく書かずにはいられなかった。手紙を書くことで、自分の気持ちを整理したかった。
「今日、地球33番地の白いモニュメントに行ったよ。地球33番地のことも覚えているかな?東経133度33分33秒、北緯33度33分33秒の場所で、同じ数字が12個並ぶ場所。33歳になった3月3日に地球33番地に集まろうって言い出したのはいつの日だったっけ?いつ約束したか正確に覚えていないけど、約束だけは忘れられなかった。約束した日に、どうしてそんな約束するの?って聞いたら、3って数字が好きだからって冗談みたいに言ってたね。でもそれだけが理由じゃない気もした。大学卒業後に海外で働くことを決めていたあなたは、その日までに何かを成し遂げたいっていう漠然とした思いがあるのかなと感じた。最後に会ったのは空港であなたを見送った日で、あれからもう11年経つんだね。
私は最初は手伝い気分だった家業の農業にすっかり魅了されて、今は天職だと思ってる。太陽や雨や風を感じて、畑の作物と一緒に過ごしているって実感があって、命を育むっていったらおこがましいんだけど、命に寄り添うというか、命の循環の中に私もいるんだなと思ったりしてる。
さてさて、今日のことを伝えるね。約束通り午後3時33分にモニュメントにちゃんと到着していたよ。初めて行く場所だし遅れたらと思って、30分くらい早く着いてしまってた。いつも持ち歩いている文庫を読んで、来るかも分からないあなたを待った。
午後3時30分に男性に声をかけられはっとした。でもその人は私を「みはるさん」と呼んだから、顔を上げる前にあなたじゃないって分かった。あなたはいつも私のことを「みーちゃん」って呼んでいたもんね。その「みはるさん」と呼んだのは、あなたの弟分のたくちゃんだった。たくちゃんはどういう顔をして良いか分からなという顔をして「本当にみはるさんがいた。みはるさんはいた。」って言った。たくちゃんとの再会は私を喜ばせたけど、同時にたくちゃんもあなたとは音信不通なんだと分かって、淡い期待が打ち砕かれてしまった。
その後たくちゃんと1時間くらいその場所であなたを待ったけど、本当はたくちゃんに声をかけられた瞬間にあなたは来ないって分かっていたんだと今は思う。たくちゃんとも空港であなたを見送った時から会っていなかったから、立派な大人になっていて、時の経過をものすごく感じた。自分の時の経過はちゃんと分からないのが人間なのかもしれないね。
たくちゃんがこの場所で私たちが会うことを知っていることに驚いて聞いたら、あなたから聞いたって。正確には覚えていないけど、あなたとたくちゃんが数字の話をしたことがあって、その日にそういえばって感じで聞いたんだって。2人とも数字について話すのが好きだったもんね。その日の様子をたくちゃんから聞いて懐かしかったけど、もうその日のあなたはいないし、その日の私もいないんだなと思って、寂しい気もした。
ともかく私は元気に過ごしているし、あなたもどうか元気でいてほしいと思っていることを伝えたくて手紙を書いたよ。
いつか連絡が取れる日が来ることを祈って
みはる」
手紙を書き終えて、無地の封筒にしまった。宛先にあなたの名前を書いて、裏に私の名前を書いた。この行き場のない手紙をどうしようかと部屋を見渡して、お気に入りの星空のファイルにしまうことにした。金星の満ち欠け辺りで、天文学を挫折した私だけど、星空を見上げることは大好きで、星柄の雑貨を見かけるとつい買ってしまうのだった。
翌日も私はいつも通り作物とともに過ごし、これで良かったんだ、この毎日が愛おしいんだと思っていた。
数日後、畑仕事を終えて帰宅すると一通のエアメールが届いていた。エアメールをもらうなんてあなた以外考えられなくて、見慣れないアルファベットを焦りながら目で追った。本当にあなたからだった。震える手をなんとか動かして手紙の封を切ると、一枚の絵葉書と手紙が入っていた。絵葉書の写真はエアーズロックだと分かり、え!オーストラリア?と思いながら、手紙を読み始めた。
「ずっと連絡しなかったのに、急にこんな手紙を送ってごめん。あの日空港まで見送りに来てもらってから、もう11年も経っているんだね。最初の仕事でいろいろ上手くいかなくて、みーちゃんと過ごした日々がものすごく愛おしくて大切だったからこそ、そこに甘えたらもう1人で立てなくなってしまいそうで連絡しなかった。11年かかってしまったけど、自分のやりたいこと、できることを見つけて、今はオーストラリアにいるよ。
さてさて、約束を守らなくてごめん。みーちゃんのことだから、地球33番地に行ってくれたよね。しばらく待っていてくれてたんじゃないかと思う。本当にごめん。この約束を忘れたことはなくて、ずっとこの日を目標にしてきた。この日までにはちゃんと自分の生きる道と生きる覚悟を決めなきゃって。でも前日まで決着がつかないことがあって、連絡できなかった。でも不思議なことに、前日の夕方にあっという間にいろいろに決着がついた。それで今からじゃ帰国もできないしと思って、地球を感じられそうなエアーズロックに行くことにした。飛行機のチケットが運良く取れて、何の用意もなく出かけた。飛行機に乗り込んだら、ものすごくわくわくしてきて、こういう気持ちをあえて封じ込めていたんだなと反省したよ。
みーちゃんは代々の畑を守ると大学入学時点で決めていて、とても眩しく感じていた。今思えばその眩しさに負けたくなくて、変な意地があったのかもしれないけど、日本を飛び出して世界のいろいろなところを見てみたかったんだ。日本じゃない空を、風を感じてみたかった。そう思って日本を飛び出したけど、やっぱり自分の無力さを感じるばかりだった。でもようやくここオーストラリアで生きる覚悟ができたんだ。
みーちゃんはきっと、畑で毎日命と向き合って、一喜一憂しながらも、じっくりと諦めず日々を送っているんだろうなと思う。照れるけど手紙だから正直に言うと、みーちゃんとの思い出に何度も救われてきた。
大学の実習で山奥に行ったことがあったね。満点の星空に見守られながら、「目を閉じて耳を澄ませると、何が大切か感じられる気がする」って目を伏せたみーちゃんの姿が脳裏に焼き付いている。困れば困るほど、焦れば焦るほど自分を見失う俺が最後に頼ったのは、星空を見上げることだった。自分も目を伏せて、そのみーちゃんとのワンシーンを思い出しながら、何度も折れそうな気持ちを奮い立たせていたんだ。
話が逸れてしまったね。それで、エアーズロックが見える場所に着いて空を見上げた。みーちゃんのこと、今まであったこと、いろいろなことが頭の中を駆け巡っていったら、すーっと今まで意地を張っていた気持ちがなくなった。みーちゃんと連絡を取っていいんだ。つまらない意地を張っていた自分が情けなくなるくらい、みーちゃんに連絡したい!って思ったんだ。今まであったこと、今やってること、いろいろなことを話したい、そう思った。
しばらく引越しもしないし、メールアドレスも書いたから、良かったら連絡ください。
この空の向こうのみーちゃんに届くように大きく手を振って
はると」
私は手紙を一気に読んで、力が抜けてへたりこんでしまった。そして涙がどんどんと溢れてきた。ひとしきり涙を流した後に、これは安堵と喜びの涙なんだと分かって、やっと涙を止めることができた。いつもするようにベランダに出て夜空を見上げた。小さな椅子を置いているから、そこに座った。夜風が涙に濡れた頬を吹き抜けていった。はーちゃんは生きていて、ちゃんと自分の道を見つけたんだ。約束も覚えていた。ここからは遠い遠い場所にいるけど、確かにいる。
もちろん私も私で自分の毎日を生きることに必死だったし、いつもはーちゃんの心配をしていたわけじゃない。でも、ずっと気になっていた。連絡を取りたい気持ちはもちろんあったけど、約束の日までは待とうと決めていた。はーちゃんが連絡してこないということは、1人で頑張りたいんだろうと思ったから。
でも、約束の日にもその願いは叶わなかった。そんな気もしていたけどって、自分を守るためにそう思おうとしていたけど、本当は最後の望みのような気もしていた。お互い大切な存在だと思っていると信じていたけど、私だけの一方通行の想いだったのかなと思ったから。でも、違った。はーちゃんも私を想いながら必死に生きていた。
私は星空のファイルにしまった手紙を送ることにした。封筒に住所を書いて、その手紙を書いた経緯と私のメールアドレス、手紙を読んだらメールを送ってほしいと書いたメモを追加した。はーちゃんのメールアドレスが分かったのだから、すぐにでもメールを送れば良いのだけど、この手紙を先に読んでほしいと思ってメールは送らなかった。私の書いた手紙が海を越えてはーちゃんの元に届くなんて、なんだかすごいなと思った。手紙をぽんぽんと軽く叩いて、しっかり頼んだよとお願いした。
今日も畑ではたくさんの命が一生懸命生きている。はーちゃんに畑を見てもらえる日が来るといいなと願いながら、元気良く畑へと向かった。
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