マッドスキッパーの逃避行

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 私は逃げている。いつも逃げている。  通学途中も、夕刻の下校中も、夜中川辺り沿いにコンビニへ向かうときも。いつだって、逃げている。 「逃げるのはずるいとか、だめだって言う人がいるけどね、アタシはいいと思うの。逃げるのって、才能よ」  薄汚れたオフホワイトのタンクトップに、お尻からずり落ちそうな見窄(みすぼ)らしいスウェット姿のままあっきーは言う。  いかつい面立ちにごつめの指輪をはめ込んだ太い指を見るにつけ、初めて部屋に連れて行かれたときは「ああ、おわった」と思ったのだが、あっきーはそのぶっとい指を器用に使って手巻き寿司を振る舞ってくれた。  マグロにサーモン、正体不明の白身魚に納豆。たくあんも。  あっきーはステレオタイプの悲しみと、男の人のことが好きな男の人だ。  二年前、中学にあがったばかりの私を、亡くなった父は何故だかあっきーに託した。インドカレー屋を営むあっきーのお店が生前父の行きつけだった。  インドカレー屋なのに手巻き寿司だったのは、とにかく辛いのはきっとだめだろうと、私の好みがまるっきしわからなかったからだという。けれど辛いものが大好きだった私は、手巻き寿司を食べたあと、鍋に残っていたキーマカレーをスープのように飲んだのだった。
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