ねぇ、覚えてる?

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「ねぇ、覚えてる?」  彼女は、柔らかな微笑みを彼へと向けた。  美少女だった。「美少女」などという言葉では飾り足りないほど、美しい少女だった。 「あの……」  対する彼の視線は、ひどく頼りない。 「僕たち、会ったことないよね?」  彼の記憶に、明らかに彼女は居ない。しかし、彼女の態度が、あまりにも堂々としていて、自信を揺らがせていた。 「ノリ悪ぅ~。真面目か?」  彼女が、大袈裟に肩をすくめて見せた。 「え? マジで、会ったことないの?」 「こ~んなかわいい女子とお近づきになれる絶好のチャンスを、な~んで棒に振るかなぁ?」 「いや、最近、いろいろと怖いし……」  彼は、何とはなしに、彼女から目をそらしてしまっていた。 「あ~、私って、かわい過ぎて、素人に見えないのね?」 「確かにかわいいけど、『かわい過ぎ』とか、自分で言うか?」 「……かわいいのは、認めるのね?」  彼女に、少し笑みが戻った。 「じゃあ、さぁ……、私と遊ぼうよっ!」 「『遊ぶ』って?」 「あ、今、イヤーラシイ想像したんでしょう?」  彼女が、クスクスと笑う。 「そんなことは、ないっ!」 「ムキになっちゃってぇ~」  ひとしきり笑った後、彼女は、急に、真面目な顔になって、彼に向き直った。 「ルールを説明します。これから、3分後に、私は、この宇宙を消滅させます。それを、阻止して下さい」 「はぁ?」 「ルール説明、まだ、終わってな~い! 私が、ゲーム開始から、3分経つ前に宇宙を消滅させることは、ありません。また、3分後のタイミングで私が宇宙を消滅させるのさえ防げば、それ以降、私がこの宇宙を消滅させることは、あり得ません」 「……信じていいのか?」 「へ? しん、じる、の?」  彼女は、「心底、意外」という顔をした。 「信じる! だから、おまえも、俺の信頼に応えると誓え!」 「へ、ぇー。さすが、選ばれるだけのことは、あるってわけね」 「ごちゃごちゃ言わねーで、始めろよ」 「私が、宇宙を消滅させる方法とか、それを阻止する方法とか、聞かなくていいの?」 「聞いたら教えてくれるとでも?」 「教えてあげな~い」 「始めようか?」 「……アソビの無い男はモテないわよ」 「宇宙が消滅してなお、モテる方法があるのなら、ご教授願いたいが……」 「……負ける気は、微塵も無いってわけね」 「さて、どうだろうね?」 「くっ、ここで、何を言っても、雑魚の負け惜しみみたいじゃない!」  彼女から、「余裕」というものが感じられなくなった。 「いいわっ! ゲーム、スタートぉ!」  彼女の姿が、いきなり、搔き消えた。 「さぁて、『ねぇ、覚えてる?』ねぇ?」  彼は、全力で何かを思い出そうとしていた。  2分30秒後、彼女は出現した。小さな神社の賽銭箱の前に。  そして、いきなり殴られた。彼に。 「ど、どうして?」 「瞬間移動できる相手を追いかけても無駄だ。出現地点を予測して、先回りするしかない」 「でも、どうして、ここだと?」  今度は、彼の視線は、彼女を真っ直ぐ捉えて離さない。 「『ねぇ、覚えてる?』っていうのは、ヒントなんだろう? でなければ、あまりにも、アンフェアだ」 「だからって……」 「『ねぇ、覚えてる?』が、ヒントなのだとしたら、忘れていることから、一番大切なことを思い出せばいい」 「一番……大切?」 「ああ、一番大切だ」  彼女は、泣いているようにも、笑っているようにも、見えた。 「そう……、『一番大切』と言ってくれるのね」  彼女は、何かを振り払うように叫んだ。 「だったら、なんで、忘れたりしたのよ?」 「ごめん……。忘れたものの中での『一番大切』なんだ」  彼女の中で、何かが崩れ落ちる音がしたようだった。 「ならば、この宇宙を……」 「3分……、時間だ」  彼女には、時計を見る必要などない。全て分かるから。 「約束……だろ?」 「……やっぱり、負け雑魚じゃん……」  彼女の姿が搔き消えた。  後には、何も残っていない。  ただ、彼の心の中を除いて。
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