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ノミ屋
「これ、お願いします」
俺はレース番号、馬連、金額を書いた複写紙の1枚をめくり取り、1万円を添えてノミ屋の爺さんに渡した。「あいよ」と言って、震える手でそれを受け取る爺さんは、頭頂部が禿げ上がり、側頭部の髪は真っ白。度が合っているのか合っていないのか分からないような眼鏡を鼻先までずらして掛けている。もう、90歳近くで、ここのノミの場を仕切って30年以上になるという話だ。こんな爺さんに仕切らせているのは、警察の目を誤魔化す為で、もちろん、暴力団が裏にいるのだろう。そのような輩が、1ヶ月に1度の割合で資金を回収しに来るらしい。1ヶ月も、この爺さんに大金を預けるのは物騒だと思うだろうが、どうやら、ここにはしっかりした金庫があるとの事だ。金庫にしまう前に奪えるのでは? という考えも過るが、伊藤という大柄な男が、毎回、客としてここに居る。恐らく、彼が監視役兼用心棒なのだろう。何にせよ、30年以上摘発されていない実績は凄いと思う。そもそも、ノミ屋で購入すると、客も犯罪者になるのに、どうして、正規のルートで買わないのかと疑問に思うだろうが、それは、ノミ屋と客の間にWin-Winの関係が築かれているからだ。まず、ノミ屋と客の両方が犯罪者となるので告発され難い。さらに、負け分の1割を返却してくれる。これは、長い目で見た時、客側にすると非常に大きいのだ。
ここの場は、いつも10人前後の客がいる。ほとんどが顔馴染みだ。爺さんに金を払って、大広間の50インチのテレビでレースを見る。俺は2レースに賭け、あっさり1万円ずつ失った。ただ、勝負はこれからだ。次のレースは今日1で自信がある。2番人気の馬の単勝だ。俺は基本的に単勝1点買い。応援している馬が1着に来れば良いだけなので応援しやすいし集中できる。爺さんへ5万円と紙を渡してレースに集中する。
レースが始まった瞬間、俺は愕然とした。出遅れ……。俺が本命にしている馬が大きく出遅れた。その後、ジリジリと伸びて来たものの、5着辺りの集団でゴールした。仕方無く気持ちを切り替え、最終レースに1万円を使うものの、当然のように外れ。爺さんに8,000円を返してもらって、今日は帰った。72,000円の負け。
肩を落としてアパートに着いた俺は、幽霊さんの部屋の前にいる。今日の負けを謝る為だ。
ピンポーン
……反応が無い。もう1度インターホンを押したが反応は無い。俺は留守なのだろうと思い、自分の部屋に戻る。
その後、夜10時にもう1度行ってみたのだが、留守のようで、茶封筒に入れた現金428,000円と少し使ったプリカを新聞受けに入れて帰った。
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