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入学式は何事もなく終わり、教室に戻った俺たちはすぐに下校していいことになった。
新しくできた友達と連絡先を交換しているのか、楽しく会話を繰り広げながら帰る人もいれば、のんびりと一人で帰る人もいる。
「晴、一緒に帰ろうぜ」
俺もそろそろ行くか…と思い席を立った瞬間、左耳の耳元でそう囁かれ、ビクッと肩を揺らしてしまう。
「ちょっと…いきなり耳元で囁くのやめてよ…」
眉を寄せて和樹を見上げると、当の本人は面白そうにケラケラと笑った。
「別に囁いてねーよ。あ、もしや晴って耳弱いのか?」
「ばっ…違うし。」
断じて違う。
急に刺激を与えられたから鼓膜がびっくりしただけだ。
なるべく怖く見える角度で和樹を睨んだが、攻撃力は皆無だったらしく、何事もなかったかのような顔でかわされた。
「んじゃ、早く帰ろうぜ」
「ごめん、ちょっと担任室行きたいんだ。先帰ってていいよ。」
せっかく誘ってくれたのに申し訳ないが、両手の手のひらを合わせ、ごめん、というポーズをとる。
すると和樹は怒ることも、不機嫌になる事もせず、首を傾けた。
「何かあったのか?」
「ちょっと飯降先生に言わなくちゃいけないことがあって…」
言わなければいけないこと。
それは朝の下駄箱の前での出来事の事だ。
入学式前には気づかなかったが、よく考えてみるとあの身長と低いバリトンボイスは飯降先生に似ている。
一瞬だったとはいえ、助けてもらったのだし一応お礼を言っておくのが筋だと思ったのだ。
もし人違いなら間違えました、と言って帰ってくるだけなのだが…
「そうか。…担任室、俺も行ってもいいか?」
「えっ?」
「いやダメならいいんだが…」
「ダメじゃないよ!じゃあ一緒に行こっか。」
照れたようにそう言う和樹に、俺はニコッと笑う。
そして、さっき机の上に置いた鞄を右の肩にかけると、廊下の方に歩きだす。
和樹も、鞄をリュックのように背負って俺の左横を歩く。
顔を横に向けると、正面に来るのは深緑色のブレザー。
改めてこうして並んでみるとと身長差結構あるなぁ…なんて考える。
「身長何センチ?」
気になって顔を上に向けて尋ねてみると、和樹はふふんと鼻を鳴らし、少し得意げに答える。
「181」
「えっ」
予想以上の身長の高さに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
何を食べたらそんなに大きくなれるのだろうか。
今度は和樹はが下を向き、口をわなわなと震わせる俺に視線を合わせて尋ねてくる。
「晴は?」
「…170?」
少しの沈黙の後、そう答えた。
「なんで疑問形なんだよ」
頭上から降りかかってくる笑い声に、俺はダンゴムシのように縮こまる。
「170いってるんだな。もう少し小さいかと思った。」
和樹のその言葉にあははは…と笑うと、無理やり話題を変える。
本当は166㎝だなんて、口が裂けても言わない。そう決心した。
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