2 幼年期の終わる頃

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2ー3 聖獣と婚約者 俺が下に降りていくとクロが待っていて、木上の俺へと手を伸ばしてきた。俺は、大人しくクロに身を任せた。 ふわりっと体が宙に浮いたかと思うと、俺は、クロに抱き締められた。 「こらっ!早く、離せ!」 俺は、クロの腕の中で暴れたが、クロは、なかなか俺を離そうとはしなかった。仕方なく、俺は、クロの耳をぎゅっとつねりあげた。 「いててっ!」 クロがひるんだ隙をついて、俺は、クロの腕の中から逃れた。 「ご主人様に欲情してるお前が悪い!」 「メリッサ・・」 「俺のことよりも、兄さんを頼む」 上を見るとアル兄がおっかなびっくり足先で探りながら下へと降りてくるのが見えた。 クロは、嫌そうにアル兄へと手を伸ばし、彼の体を抱き下ろした。 「ありがとう、クロ」 アル兄は、ホッとした様子でクロに礼を言った。だが、クロは、それを無視するように無言でアル兄から離れた。 クロは、いつもそうだった。 俺以外とは、ほとんど口もきかない。 美しい黒髪に、金色の瞳を持ったクロは、俺と同じ年の、俺の守護聖獣だ。 大きなケモミミに長い黒い尻尾を持つクロは、俺と一緒にこの世界に転生してきたあの黒猫だった。 だが、クロが猫の姿になることは、この村の秋の収穫祭のときぐらいなものだった。 農業と狩りの女神クルセナの使いである聖獣シュドナであるクロは、収穫祭の主役だった。 その漆黒の闇を切り取ったかのような姿は、神秘的で美しい。 クロは、このコンラッド領の守護神でもあった。 戦の続くこの世界にあって、このコンラッド領が比較的平和で、豊かなのは、このクロの庇護があるおかげだった。 クロは、近隣の領主たちから『黒の戦神』と呼ばれて恐れられていた。 「どうした?クロ」 俺は、クロが上空を見上げているのに気づいて上を見た。 森の上空を巨大なワイパーンが飛んでいくのが見えた。 都の飛竜騎士団のワイパーンだ。 「シュナイツ?」 俺は、うんざりとした気分でため息をついた。 シュナイツ・アンドレア・クルセム二世という長ったらしい名前を持つ騎士団の副隊長であるこの男は、俺の婚約者だった。 俺は、今、10才。 シュナイツは、19才だ。 いつ、結婚を迫られるかわかったものではなかった。 だが、奴は、育ちがいいためか、人がいいからかわからないが、俺が成人するまで結婚を待ってくれていた。 いや。 ほんと、待たれても困るんだけど。 だって、俺、本当は、男だからな。
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