【第2章】 第9話 インシデント5:後始末

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チャポンッポチャッ・・・・ ポチャッ・・チャポン・・・・ セルジオの沐浴中、バルドは部屋の扉を開けたままにし、廊下を行きかう人物を確かめていた。エステール伯爵家の侍従フィデリオ、女官のエルマとヘルタが取替の湯を何度か運び入れた以外は廊下を通る者はいなかった。 『今の所、動くそぶりはない。 ポルデュラ様は恐らく既にラドフォール公へ お話下されているだろう・・・ 後はベアトレス様へお話ししてから 動く事が肝要(かんよう)だな』 バルドはポルデュラと話していたままの策を進めることを固める。 騒ぎが大きくなる事を未然に防ぐには確かな情報をいち早く、より多くの者へ伝えるに限る。 バルドは湯を運び入れる侍従のフィデリオとエルマ、ヘルタにポルデュラの部屋から戻り次第、水屋で従事する者全てに事の次第を伝える旨の通達を頼んだ。 『これで、事情を伝える元は限られる』 バルドが恐れていた事は事実と異なる「うわさ」が伝播(でんぱ)する事だった。「うわさ」は出所によっては虚偽(きょぎ)真実(しんじつ)になり変わる事がある。バルドはかつて騎士団に所属していた時、その知略(ちりゃく)謀略(ぼうりゃく)を巧みに使い敵方を翻弄(ほんろう)させてきた。 『今は、セルジオ様の御身を守る、 ただその一念でよい。 セルジオ様をお守りする事が エステール伯爵家をお守りする事、 シュタイン王国をお守りすることになるのだからっ!』 バルドは心の中で自身に誓いを立てた。 セルジオの沐浴後、バルドとベアトレスはポルデュラの部屋へ向かう。 トンットンットンッ ポルデュラの部屋の扉を叩く。 「ポルデュラ様、失礼を致します」 部屋の扉を開けるとバラの香りが漂ってきた。 「よう参られた。さっ、さっ、これへ」 バラの花びらを浮かべたお茶が焼き菓子と共にテーブルに並んでいる。 「セルジオ様はこちらへ」 長椅子の上にマットがのせてある。セルジオの為に用意させたのであろう。 『お優しい方・・・・』 ベアトレスはポルデュラの心使いに胸が熱くなった。 「ポルデュラ様、感謝いたします」 ベアトレスはポルデュラの心遣いに素直に感謝の言葉を伝える。 「アレキサンドラ殿がわざわざ実家より 招いたと聞いたが、セルジオ様は そなたが乳母で命拾いをしたの」 ポルデュラはベアトレスへ微笑みを向けた。 「左様でございます。 ベアトレス様のセルジオ様への愛情は ひとかたならぬものと感じております」 バルドもベアトレスを称賛(しょうさん)した。 「・・・・私はその様な・・・ お二方様よりその様に仰って頂けるな ど恥ずかしい限りにございます。 先程の一件では慌てふためき、 バルド様の(よう)に見事なお働きを 遂げているでもなく・・・ほとほと恥ずかしく・・・・」 ベアトレスは数時間の間に起こった出来事の発端の一部を担った事を悔いていた。 「何を言うか! そなたの乳がセルジオ様の心と身体を 作っているのだぞ。 そなたであったからこそ セルジオ様は再び目覚める事ができた。 セルジオ様の御身はそなたとバルドの 双方あってこそ、守る事ができるというもの。 ゆめゆめその様に己を卑下(ひげ)するな! 乳の出が悪くなるっ!」 ポルデュラは良質な乳は乳母の精神的な作用で左右される事を熟知していた。 「!はい!承知致しました。 そうですね。私の役目は乳母でございました」 ベアトレスの言葉にポルデュラは満足気だった。 ポルデュラは2人に焼き菓子とバラの花びらが浮かぶお茶をすすめる。 「話はしばしゆるりとしてからにいたそう」 ポルデュラは、そう言うと自らも美味しそうに焼き菓子とバラの花びらが浮かぶお茶を口に運ぶのだった。
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